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表紙

あなたが欲しい  23


 間もなくリビーは、こらえ切れずに溜め息をもらした。 ほぼ同時にクイントもフーッと息をついたので音が重なり、思わず顔を見合わせて、どちらからともなく苦笑いした。
 やがてクイントが、なんでもないように尋ねた。
「どうしたの? 落ち込んでるみたいだね」
 リビーは眼を伏せ、足元の土くれを軽く蹴った。
「あのね、利用されるのって辛いなと思って」
 クイントはぎょっとした。 その狼狽を隠そうと、無理に明るい声を出した。
「やだなあ、誰が君を利用するって?」
「だってそうじゃない」
 次第にリビーの声が低くなった。
「私がこのお屋敷の小間使いじゃなきゃ、きっと鼻も引っかけてもらえないわ。 利用価値があるからこそ、公園に誘ってくれたのよ? 私からいろいろ聞き出して、お嬢様と……お嬢様から、仕事やなんか貰えるから」
 リビーの予想と違い、クイントはすぐ慰めに入らなかった。 しばらく無言を通してから、ようやくぽつりと言葉を発した。
「そうか、エイドリーと公園に行ったんだね」
「そう」
 リビーは今にも再び泣き出しそうになっていた。
「でも、うまく切り出せないで悩んでるみたいだった。 ぶすっとしてて、お嬢様と法律相談してるときとは別人みたいに無口で」
「ふうん」
 木々の茂った庭は急速に暗さを増し、空にはかすみのかかった月が昇ってきた。 クイントは喉の詰まりを晴らすと、やさしい口調で訊いた。
「あいつは君の希望通りのことを言ってくれなかったんだね? かわいいとか、きれいだとか」
「それはいいの、きれいじゃないもの。 自分でわかってる」
 謙虚な娘は急いで遮った。
「ただね、何ていうのか、ほら、お芝居にあるでしょう? 君といると楽しいとか、今日は暖かくて気持ちがいいねとか、普通なんだけど、私の気持ちをほぐしてくれるような、そういう優しい言葉を言ってほしかったの」
「芝居なら任せとけ」
 クイントはすっと背筋を伸ばした。
「目を閉じて。 僕が代わりに言ってあげるよ」
「えっ?」
 驚いたリビーは急いで横を見たが、もう夜の帳が下りていて、クイントの座る姿はただの黒い塊となり、わずかに白目が光るのが見えるだけだった。





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