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表紙

あなたが欲しい  20


 ざらっとした木のベンチだが、リビーは楽しげに腰かけた。
「ねえ、座って」
 隣りを指差されてでくの棒のように立っているわけにもいかず、エイドリアンは用心しながら膝を曲げた。
 とたんに不吉な音がした。 目立たぬように背後に手をやると、縫い目が裂けているのが指先にしっかりと感じ取れた。
 くそっ――それでもエイドリアンはポーカーフェイスを保っていた。 幸い上着丈が長いので、立って歩いても破れ目は隠れるはずだ。 起こってしまった事故は仕方がない。 それより、リビーのすぐ隣りに座れる幸運を楽しむべきだ。
 リビーは何も気付かぬ様子で、安っぽいピンク色の手袋をはめ直していた。 そのサイズが大きすぎてだぶだぶなのを、エイドリアンは見てとった。
「誰かの贈り物?」
 びっくりして、リビーは丸い眼を上げた。
「ううん。 どうして? あ、サイズが合ってないから? これは去年に買ったの。 もっと体が大きくなるかなって思って大きめにしたんだけど、さすがに手はそう変わらないわね」
 くすくす笑うリビーを見ながら、エイドリアンは必死で頭をめぐらせていた。
――うまい文句、うまい文句…… クイントならこんなとき、どう言うかな――
 悲しいほど出てこない。 頭が真っ白を通り越してぎらついてきた。
 リビーは考え深げに、余った指先をつまんだ。
「この前の休みにはね、ポルカを踊ったのよ。 とっても疲れるの。 汗びっしょりになっちゃった」
 ポルカもワルツもまったく踊れない。 エイドリアンは自分に愛想が尽きかけていた。
「楽しかった?」
「そんなでもない」
 小ぶりな手が動きを止めた。
「こうやって座っているほうが楽しいわ」
「僕も」
 言えた! やっと場にふさわしい言葉が出てきた! たった一言でエイドリアンがぽうっとしていると、リビーが体を寄せて、そっと寄りかかってきた。





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