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表紙

あなたが欲しい  15


 屋敷からの帰り道、クイントは帽子をひょいと被り直して、エイドリアンに告げた。
「俺、明日は探偵の真似事をしてみようと思うんだ」
「はあ?」
 エイドリアンは目を見張った。
「賭けに負けたと認めるのか?」
「いや、そうじゃなく」
 今度は腕を組んで、クイントは考え深げに呟いた。
「マクミランというオヤジを調べてみる。 なんであの子たち、あんなにびくびくしてるんだ?」
「そう言えば確かに」
 エイドリアンの眉も寄った。


 昼興行の舞台が終わった後、クイントは鏡の前に座り、ドーランを落とすのではなく、逆にもっと濃い色に塗りこめた。 それから糊で片目を小さくし、顔の輪郭をぼやかすためにぐるりと頬髯をつけた。
 鏡の中の彼は、もう別人だった。 擦り切れたフロックコートを着て歪んだシルクハットを被ると、どこから見ても田舎回りの日焼けした行商人に見えた。
 コーラスガールの女の子からオーデコロンの大瓶を借りた後、クイントはそれを小瓶三個に入れ、商品見本としてしゃれた紙レースで包んだ。 そして、口笛を吹きながら楽屋を後にした。

 半時間後には、クイントは例のお屋敷町で、隣家の小間使いを相手に熱弁をふるっていた。
「ほら、この甘〜い香り。 これなら貴方が狙いさだめた殿方は、百発百中でイチコロですよ」
 かわいい小間使いが瓶の口に顔を近づけて嗅いでいる内に、クイントはさりげなく世間話に持っていった。
「さっきお隣りにも行ったんだけど、ほら、あの大きな家ね。 あそこの小間使いさんは、貴方の半分も綺麗じゃなかったですね」
 お世辞を言われて喜ぶと思いきや、小間使いは気を悪くした風で首を振り上げた。
「リビー・コーネルのこと? あんたどこに目をつけてるの? リビーはこの通りで一番の美人で、今年のバレンタインなんか裏口に贈り物が山になってたのよ。 あんた口がうまいってより、見え透いてるわ」
 リビーが? あの『目の開いたカワウソ』が? クイントはびっくりして、珍しく二の句が継げなくなった。





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