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表紙

あなたが欲しい  13


「ええと」
 それが、エイドリアンの口から出たすべてだった。
 緊張をはらんだ沈黙が続き、たまりかねたようにリビーがフィリパの後ろに回って、そっと耳打ちした。
 ふたりの女性はほぼ同じ身長だ。 つまり、フィリパ・スペンサー嬢も小柄だということで、すらりと長身の男性陣とは対照的だった。
 令嬢は人見知りする性質らしい。 かすかに肩を揺らすと、いっそう小声で囁いた。
「それでは私から、大ざっぱな事情をお話しします。 私の両親は二年前に馬車の事故で亡くなり、親戚はいないので、父の友人だったマクミランさんが後見をしてくださることになりました」
 フィリパは息を継ぐために言葉を切ったが、エイドリアンは石のように立っているだけ。 仕方なく、クイントが相槌を引き受けた。
「なるほど。 それでこのマクミラン邸に住んでいらっしゃるんですね」
「ええ」
 溜め息のような声が応じた。
「篭の鳥みたいなものですわ。 上流階級の娘はたいていそうですが。
 ですから、少しでも早く羽ばたきたいんです。 もし……」
 不意に言葉が切れた。 フィリパとリビーはほぼ同時に背後を振り返り、それから顔を見合わせた。
 重い足音が近づいてくる。 呼びかける声も聞こえた。
「フィリパ。 フィリパ! どこだね」
「マクミラン様だわ!」
 押し殺した叫びと共に、リビーはドアに突進し、できるだけ音をさせないように注意しながら錠を下ろした。
 そして再び部屋の真ん中に戻ると、せわしなく若者たちに呼びかけた。
「見つかると警察に突き出されるわ。 さあ、こっちへ来て!」
 家具の位置もよくわからない広間の中を、リビーは影のように素早く動き、細めのドアを開けて中に二人を導き入れた。 そっとドアが閉まった。

 やがて、隣りの部屋のドアノブをがちゃがちゃ回す音がした。
「錠が下りている。 フィリパ、中にいるのかい?」
「ええ」
 かすれた声が返事した。
「いけないね。 もうこんな時間だ。 寝室に入って寝ていなければ」
「お母様の肖像画を見に来たの。 明日が命日ですから」
 かすれ声に哀しみが混じった。





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