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表紙

あなたが欲しい  11


 翌日はいよいよ約束の日。 水曜日だった。 日頃物静かなエイドリアンさえ少し興奮ぎみで、依頼主のウィル・コンウェイ弁護士に頼むとき、微妙に声の調子が変わった。
「すみません。 今日の午後は早引けさせてください」
 ゆっくりと太い眉を吊り上げると、コンウェイは驚いてみせた。
「ほう、珍しいな。 差し迫った用事でも?」
「はい、まあ」
 謹厳な弁護士の頬がゆるみ、笑いに近い表情になった。
「ようやく君にも春がめぐってきたか、え?」
 エイドリアンは面食らった。
「いえ、あの」
「言い訳はいい。 そういうことなら」
 銀時計を入れている胸ポケットに手を入れて、コンウェイは金貨を一枚取り出した。
「これで彼女をもてなしたまえ。 うまくやれよ」
 輝く金貨を空中に弾き飛ばして受け取らせると、予想外なことに片目をぎゅっとつぶってみせて、コンウェイはゆったりと革張りの椅子に寄りかかった。

 こうして、一夜のデートには充分すぎる金額を持って、エイドリアンはビンスフォード街へ向かった。 しかし、次第に足は行きしぶり始め、だんだんと遅くなってきた。
 ――逢ったところで、俺に何が言える? うまいお世辞なんか出てきやしないぞ。 口説き文句なんて一切知らないし――
あくまでも弁護士としての堅苦しい態度で押し通そう。 エイドリアンはそう決め、なんとか肩の荷を下ろした。
――クイントの奴、口説きたければ自分でやればいいんだ。 俺はむっつりしてる。 それが地なんだ。 そうだとも――


 長い塀の端に張り付いた裏門には、もうクイントと小間使いの姿があって、熱心に言葉を交わしていた。 クイントが口だけでは足りず、両手を盛んに動かしているのが見える。 なんとなく焦りの感じられるその態度に、これはもしかすると、令嬢には話が通じなかったのかな、と、エイドリアンはふと思った。





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