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表紙

あなたが欲しい  10


 もと来た道を戻りながら、クイントはひどく嬉しそうだった。
「一石二鳥とはこのことだね。 ね? エイドリー?」
 エイドリアンはあまり楽しげではなかった。
「俺のどこが一流の弁護士だよ」
「まあまあ。 世の中少しはハッタリが必要なの」
「ばかばかしい。 あんな誘い、まるで相手にされないよ。 そのお嬢さんに少しでも常識があったらな」
「わからないぞ。 リビーちゃんはきっとお嬢さんにこう言うと思うぜ。 『お嬢様、私すてきな殿方にお会いしたんですの。 腕利きの弁護士さんなんですけど、目が覚めるほど美しくて、おまけにまだ若くて』」
 エイドリアンは鬼も驚くようなしかめ面になった。
「やめろ。 声があの子そっくりだから余計気持ち悪い」
「だろ? 俺って演技力あるんだよな」
 ちらっと親友の横顔をうかがい、クイントはさらに押してみた。
「弁護士事務所を開くチャンスだよ。 俺も、少し金を出してもらえばいい役が回ってくるんだし」
「俺には無理だって」
 クイントは口を尖らせた。
「賭けるか?」
「何をだよ。 冬服まで質屋に入れてるくせに」
「賭けるものなんかいくらでもあるさ。 たとえば、これはどうだ? 水曜日、つまり明後日にリビーちゃんが会いに来たら、おまえは一時間、俺のセリフの稽古に付き合う。 もし来なかったら、俺が半日おまえの下調べを手伝う」
 エイドリアンは片方の眉を上げた。
「俺のほうがいい条件だな」
「だろ? じゃ、賭け成立だ!」
「そんなことより、早く帰って寝ようぜ。 足が疲れた」
「そうだな。 急ごう」


 翌晩、大家のベラミー夫人に夕食をおごってもらって、二人はたらふく詰め込んだ。 餓死寸前のような食べ方をする若者たちに、夫人は苦笑いしながらお土産のパンケーキをオーブンから出してきてくれた。
「これは明日のお昼にでも食べなさいね。 まったく、世の中は好景気だっていうけど、どこの話かしらね。
 まあ、二人とも、めげないで頑張るのよ。 いつかきっといいことがあるから」
 鶏料理の匂いに包まれて部屋を出たクイントは、階段の途中で我慢していたゲップを気持ちよさそうに吐いた。
「うーっ、食った食った」
「一人で三人前な」
「人のこと言えるか? ともかく、今週はラッキーだよな。 ずっとこの幸運が続きますように」
 指を交差させてまじないをすると、クイントは戸口からよろめきこんで、ベッドにどさっと横たわった。





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