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表紙

あなたが欲しい  9


 すぐにクイントは居ずまいを正し、咳払いをして丁重に自分たちを紹介した。
「こちらはさっき言ったとおり、弁護士のエイドリアン・クーパー氏。 そして僕は、クイント・バーニス。 カシアス劇場に出ている、しがない役者でございます」
 娘は微笑み、ちょこんと膝を曲げて挨拶した。
「私はリビー・コーネル。 フィリパ様の小間使いをやっています」
「リビー …… かわいい名前だ。 君にぴったり」
「あら、口がうまいのね、バーニスさん」
「クイントと呼んでくれ」
 彼はもうすっかり友達口調だった。
 一方、エイドリアンは黙然と立ったままでいた。 愛想が悪いことこの上ない。 近寄り難い雰囲気を感じてか、リビーはもっぱらクイントに話しかけた。
「じゃ、クイントさん、私もう戻らないと」
「そうだね。 はい、じゃ組んだこの手の上に足を乗せて。 そうすれば塀の上端に無理して飛びつかずにすむだろう?」
「そうね。 お願い」
 すっと持ち上げてもらって、リビーは慣れた仕草で体を引き上げ、塀に腰かけた。
「ハンプティダンプティみたいでしょ?」
「いや〜、置物の天使みたいだよ」
「お世辞でも嬉しいわ。 あ、クーパーさん、さっき木から落ちたとき、受け止めてくれてありがとう」
 エイドリアンは短く答えた。
「いや」
 おっと、肝心なことを忘れるところだった。 クイントが口に手をかざしてささやき声で尋ねた。
「今度いつ会える?」
 リビーは木に乗り移り、庭の暗がりに姿を消した。 柔らかい声だけが降りてきた。
「今度の水曜日は?」
「来る来る! ここで、おんなじ時間にね!」
「ええ」
 がさっと枝が揺れ、トンと地面に下りた音が響き、間もなく軽い足音が遠ざかっていった。





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