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あなたが欲しい
7
投げた帽子が、道に張り出した植木の枝にぶつかって、かすかな音を立てた。
ほぼ同時に、アッという押し殺した悲鳴が聞こえたと思うと、帽子と共に大きなものが上から落ちてきた。
反射的にエイドリアンが受け止められたのは、奇跡と言ってよかった。 相手が軽かったのも幸いしたのだろうが、それでも腕の中に若い女の子がすっぽり嵌まりこんでいるのがわかったとき、エイドリアンは随分驚いた。
しかし、悲しいほど無表情だとクイントにからかわれる彼らしく、ほぼ平静な顔のまま、エイドリアンは娘を見下ろした。 娘は丸い大きな眼で、雁首を並べて覗きこんでいる二人の青年を交互に眺めた。
「あ、あの……ありがとう。 下ろしてくれる?」
そうだ。 内心の動揺を見せずに、エイドリアンは一見悠々と彼女を道に立たせた。
紺サージのワンピースに白いエプロンとキャップは、明らかに小間使いの制服だ。 素早く服装を見てとって、クイントの言葉はくだけたものになった。
「やあ君、こんな時間に木の上で、何してたんだい?」
エプロンの乱れを直すために、娘は必要以上にうつむいた。
「ちょっとお屋敷を抜け出していて……塀を上って、木につかまって、庭に降りるところだったの」
「ほう、いけない子だ」
偉そうに、クイントは指を振ってみせた。
「雇い主に言いつけちゃおうかな」
「やめて!」
焦る娘に、クイントはすかさず条件をつけた。
「黙っててあげてもいいんだよ。 それどころか、君が塀を越えるとき馬になってあげてもいい。 ひとつだけ約束してくれればね」
「何を?」
娘は小首をかしげた。 男二人は街灯を背にしていて、顔が影になっている。 それに対して、小柄な娘の顔にはしっかりと光が当たっていて、よく見えた。
それなりに可愛い顔だった。 美人とはいえない。 整っているともいいがたいのだが、そのまとまりのなさが逆に、やんちゃな親しみやすさとなって心に残った。 目の離れたカワウソってところだな、と、失礼にもクイントは考えた。
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