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表紙

あなたが欲しい  2


 肩でフッと息をすると、エイドリアンは立ち上がり、机のところへ行って、蝋燭の芯を切って燃えやすくした。 それから、呟いた。
「ばか」
「ばかは承知だよ」
 クイントはめげなかった。
「俺たちは貧乏なんだ。 それこそ教会のネズミより貧しいんだよ。 持っている取り得を使わなくてどうする!」
「口のうまさをそういう風に使うな。 結婚詐欺で訴えられるぞ。 俺は弁護してやらないからな」
 とたんにクイントはにやにやし出した。
「使うのは俺の取り得じゃないよ。 鏡を見てみろよ。 鏡さん、鏡さん、世界で一番美しいのは……」
 エイドリアンは一瞬目をつぶり、それから荒々しく振り向いた。 クイントは首をすくめてベッドの端に逃げた。
「怒るなって! 事実だろ?」
「俺は女を追いかける暇なんかないし、その気もない。 判例集調べと証拠集めでくたくたなんだ!」
 クリントは首筋をごしごし掻いて嘆いた。
「俺とおまえが入れ替わればいいのにな。 おまえは弁護士事務所の下っ端なのに、無愛想で話が苦手。 俺様は上手な役者なのに、顔が並み」
 ドンドンとベッドの枠を叩いて、クリントは悔しがった。
「いっそすごく不細工ならよかったんだ。 客に印象が強いもんな。 ところが俺の顔ときたら平凡そのもの。 道でしょっちゅうすれ違う行商のおばちゃんにさえ覚えてもらえない有様だ」
「メーキャップで何とかなるだろう」
「限度があるよ」
 クリントはしょんぼりした。
「その点、エイドリーおまえは目立つ目立つ! 闇夜のかがり火そこのけだ」
「おかげで、法廷に入るときは変装させられるんだぞ。 主席弁護人より注目を浴びてどうする、と言われて、鼻眼鏡に付け髭だ。 俺のほうが役者みたいだよ」
「俺もそういうことを一度でいいから自慢してみたいよ」
 クリントはそっぽを向いてぶつぶつ言った。 まったく表情を変えずに、エイドリアンが言い返した。
「自慢じゃない。 事実だ」
「ああ、そうだよ。 おまえは天下の美男だ。 栗色のふさふさした髪、形のいい鼻、そしてアドリア海のような青い眼」
「アドリア海なんて見たことがあるのか?」
「ないよ! じゃ矢車草のような青い眼だ。
 ともかく、おまえその美貌を役に立てたことあるか?」
 エイドリアンは答えた。
「全然」
「くそーっ、もったいねえ!」
 クイントは大きな音を立ててベッドに引っくり返った。





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