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あなたが欲しい
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翌日は気持ちのいい晴れだった。 イングランドには珍しく、穏やかな天気は一日中続き、星が淡くまたたく宵になっても、まだ上着なしで歩けるほどの気温だった。
九時に待ち合わせしたエイドリアンが、わざわざ中に入ることもないだろうと下宿の玄関脇に寄りかかっていると、弱い街灯の火に照らされて、ベラミー夫人がせかせかと戻ってくるのが目に入った。
ベラミー夫人は下宿の大家だ。 まずい、と思ったが、隠れる隙間がない。 仕方なく、できるだけ顔を隠すようにして帽子に手をかけ、低い声で挨拶した。
「こんばんは」
小柄な四十がらみのベラミー夫人はすぐ立ち止まり、鳥のような顔を上げて、早口で返した。
「こんばんは。 ここで会えて丁度よかったわ。 何ヶ月分下宿代を溜めているか、あなた覚えてる? バーニスさん?」
バーニスはクイントの苗字だ。 間違えられたのに気付いて、エイドリアンは帽子を脱ぎ、顔をさらした。
「いえ、僕はクーパーです」
すると、とたんに夫人の語気が柔らかくなった。
「まあ、エイドリアンさんだったの。 あなた達、本当に声が似てるわね。 顔は全然違うのに」
目は口ほどにものを言う、と諺にあるが、この場合は、顔は口以上にものを言う、とでもなるのだろうか。 エイドリアンの優雅な顔立ちに惚れ惚れと見入ったベラミー夫人は、屋根裏部屋の安い家賃などどうでもよくなってしまったらしく、三音ほど高い作り声で誘った。
「元気に暮らしてるの? 顔色が前より悪いみたいよ。 明日はピケンズさんから鶏を買う日なの。 ローストチキンにするから食べに来ない?」
ローストチキン! 無表情なエイドリアンだが、さすがに目が輝いた。 そんな豪華な夕食は、もう二ヵ月、いや三ヶ月は腹に入れていない。 思わずこちらも声が上ずった。
「ありがとうございます! ご親切に」
「バーニスさんも連れてきていいわよ」
ベラミー夫人は太っ腹なところを見せた。
「若い人が食卓にいるっていいものよね。 こちらも若返るわ」
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