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43 効果的な攻撃



 打撃は、打たれてすぐ効くとは限らない。
 じわじわと染みとおるまで、時間差があるのが普通だ。
 このときも、ロザリーはしびれたようになったが、最初にこみ上げてきたのは怒りで、悲しさではなかった。
 だから、目をきらめかせて顎を引くと、はっきりと言い返した。
「なに言ってるの? 気まぐれに声をかけた相手に、いちいち求婚するわけないでしょう? 彼は本気なのよ。 私たちは幸せだし、これからもっと幸せになるの。 実のお姉さんだからって、邪魔はさせないわ」
 後ろに控えていた小間使いのカティアが、息を呑んで憎らしそうにロザリーを見つめた。
 オリアーヌは顔を紅潮させたが、今度は言葉を詰まらせず、すぐ反論した。
「そうかしら? 実をいうと、最初の婚約にも私達は反対したのよ。 レイモンはとても怒っていたわ。 だから、失恋してやけになったとき、もっと下の者をわざと正式な妻にして、私達に恥をかかせようとしたにちがいないわ」
 ロサリーの胸が、激怒で大きくふくらんだ。 彼女が体の両脇に垂らした手を硬い拳に握りしめるのを見て、カティアはおびえ、女主人の背後にぴったりとついて囁いた。
「下層の人は危険です。 すぐ暴力に訴えますから。 お逃げになったほうが」
「そうね」
 オリアーヌと小間使いは一歩後退し、その後、早足になって、玄関から出ていった。


 だだっ広い玄関広間に、ロザリーは一人残された。
 興奮が少しずつ冷めると、残ったのは惨〔みじ〕めさだった。
 ロザリーは肩を落として向きを変え、ゆっくり中庭に面した外回廊を歩き出した。 その日は晩秋には珍しいほど暖かく、庭には初夏のような日の光が降りそそいでいた。 だが、ロザリーの胸は凍えていた。
 レイモンと自分が釣り合わないのは、初めて逢ったときからわかっていた。 ただの学生だと思っていたときでさえ、彼は上品で奥深く、まるでボロを着た王子様みたいだった。
 私の勘は正しかったんだわ、と、ロザリーはこんなときでも小さな満足感をおぼえた。 彼は大物で、あこがれたのは当然だった。 やけになって結婚したのは事実だろうけど、それはあんな姉さんに仕返しするためじゃない。 彼は絶対に、そんな小さな人間じゃない!
 きっと、寂しかったからだ。 心に穴があいたみたいになって、誰かに傍にいてほしかったんだ。
 でも彼なら、ずっと私と子供に誠実でいてくれるはずだ。 それで充分すぎるくらいじゃないか。
 ロザリーは回廊に幾つかある白い扉の一つを開き、屋敷の外れにある低い丘を目指して歩いた。 そこのてっぺんに面白い形の岩があるのが二階から見えて、登ってみたいと思ったのだ。


 予想したとおり、低くても丘の上から、見事な庭がよく見渡せた。
 ロザリーは岩の平らな端に腰掛け、足をぶらぶらさせながら考えた。 もっと努力して、屋敷の奥方に少しでもふさわしい振る舞いを身につけよう。 芝居だと思えばいいんだ。 劇場の若手女優みたいに、セリフと動作を覚えて、練習しよう。
 そうだ、おまえならやれるさ、という父の声が、風に乗って聞こえたような気がした。 父は調子がいい人だが、いつもロザリーの肩を持ち、ほめてくれた。 それは感謝している。
 整った庭から目を上げ、白っぽい空を見上げると、不意に涙が出てきた。
 もう止めなかった。 大泣きして目が腫れたって、しばらくここで風に当たっていれば、普段の顔に戻れる。 一時間ぐらいなら、屋敷から姿を消していてもわからないだろう。
 ロザリーは子供のように、声を出して泣きじゃくった。


 やがて、風がぴたりと止まった。
 そして、下のほうから草を踏み分けて駈け上がってくる足音が聞こえた。








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