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42 寝耳に水の話



 屋敷の中は、まさにおとぎ話のように広く、上品で美しかった。 少し前まで住んでいたのが老紳士だったため、家具は大きくて重々しい男性用がほとんどだったが、二階の婦人部屋には、亡き夫人のものと思われる十八世紀のきゃしゃで優美な椅子やテーブルがあり、ロザリーは目ばかりか息も奪われた。
「すごい……ナントの劇場の桟敷席にも、こんな綺麗な家具はなかったわ」
 レイモンは背後から妻に腕を回して、頭に顎を載せた。
「じゃ、この部屋を君の居間にしよう。 好きなように直して使ってくれ」
「直す? こんなに見事に整った部屋を? 換えるとしてもカーテンぐらいにするわ」
「自分で縫って?」
 ロザリーは大笑いして、レイモンに体を押し付けた。
「それもいいわね。 値段を半分に押さえられる」


 皮肉なことに、しばらく埃よけの布をかぶせていた調度品を、オリアーヌがすべて取り払わせて掃除を命じていたため、どの部屋もきちんとしていた。
 すべて夫婦二人で見回って、階段を下りてくると、執事がやってきて、馬屋で問題が起きたらしいと告げた。
 レイモンが急いで出ていった後、ロザリーは二階に戻り、最初に選んでおいた子供部屋に向かった。 何も心配ないのはわかっていた。 ファブリスは満腹で、たっぷりした揺り籠に寝かされ、さっき見たのと同じ姿勢ですやすや眠っていたし、マドはご機嫌で窓際に座り、整った中庭を見下ろしながら繕い物をしていた。
 すべて丸く収まった。 もうこれからは安心して、ずっと夢見た堅実な家庭生活を送れる。 ロザリーは我慢できず、低く鼻歌を歌いながら、飛び跳ねて階段を下っていった。


 下の玄関広間に足をつけたところで、たまたま横の客間から勢いよくオリアーヌが小間使いを従えて現われた。
 三人は同時に立ち止まり、見詰め合った。
 それからオリアーヌが薄笑いを浮かべ、奇妙なほど平静な声を出した。
「今、歌っていたわね? うまく行ったと思っているんでしょうね。
 あなたが見かけよりやり手なのは認めるわ。 でも大変なのはこれからよ。 いくら可愛らしくて魅力的でも、あなたは代理にすぎないんだから」
 ロザリーは目を見開いた。 意表を突かれたのだ。 代理って、何のことだろう。
 その様子を見て取って、オリアーヌは満足そうに顎を上げた。
「やはり聞いていないのね。 レイモンには心から愛して、熱烈に求めて婚約した娘がいたことを。
 正直言って、家柄は大したことなかったわ。 弟は下々の者をすぐ好きになって困るのよ。
 でも他の点では、あなたより遥かに上。 パリの僧院付属学校を優等で卒業して、貴族の友達もいて、美しさ・礼儀作法とも申し分なかったわ。 おまけに実家は大金持ちの商人だし」
 ロザリーは、しっかりオリアーヌを見つめ返していた。 衝撃に頬が痙攣しそうになったが、必死にこらえた。 こんな人に弱みを見せて、喜ばせてどうする。
「そのお嬢さんは、どうなったんです? 亡くなったんですか?」
 そう尋ねた声にも、震えはなかった。 オリアーヌは憎らしそうに横目で見た後、声をいくらか高くした。
「いいえ、他の男と結婚したわ」
「まさか!」
 ロザリーは咳き込みそうになった。
「レイモンを振って? そんなはずない! 彼女、見る目のない人ね」
「違うわよ」
 話の方向が変わったため、オリアーヌは少し焦った。
「別の事情があったの。 二人は生木を裂くように、無理やり別れさせられたのよ。 だからレイモンは苦しみから逃れようとして、あなたに声をかけたんだわ。 ただそれだけのことだったのよ」







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