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41 水入らずまで



 屋敷では、マルネ子爵夫人オリアーヌが女王のように、大広間で待ち構えていた。
 だが、レイモンがかわいらしい浅緑色のドレスを着たロザリーの手を引いて現われると、驚きに眉を吊り上げて、居心地のいい椅子から立ち上がった。
「レイモン!」
「なんですか?」
「その女……まさかあなた、そんな詐欺師と……」
「詐欺師?」
 レイモンの目が、氷のかけらのように冷たくなった。
「ロザリーは、れっきとした僕の妻ですよ。 失礼なことを言わないでください」
 オリアーヌは怒りに唇を震わせて言い返した。
「嘘でしょう? じゃ、なぜ村外れの小屋なんかに住んでいたの? この屋敷に迎えられなかったからじゃないの?」
「迎えるもなにも、空家だったはずじゃないですか。 ロザリーと息子は、僕が帰ってくるのを待っていたんです」
「あなた騙されてるのよ! 付き合ったかもしれないけれど、そもそも本当にあなたの子とは……」
「黙れ!」
 一喝されて、さすがのオリアーヌもたじたじと後ろに下がった。
「なに……?」
「口を閉じてくれと言ってるんだ」
 あまりに怒ったため、レイモンの肩は大きく上下していた。
「そして、できるだけ早く帰ってくれ」
「帰るって、どこに?」
 初めてオリアーヌの顔に、本物の恐怖が浮かんだ。
「兄のところへは、もう行けないわ。 婚家は夫の弟のものになったし、どこにも居場所がないのよ」
 それまで無言で聞いていたロザリーは、思わず夫を見上げた。 女一人の心細さと世渡りの難しさは、身にしみて知っている。 そんなに行き場がないなら、このだだっ広い屋敷にもう一人くらい住人が増えても、と思ったのだが、レイモンは首を回して、かすかに頭を横に振ってみせてから、また姉に向き直った。
「それはないでしょう? あなたの家は、邸宅といっていい広さのものが、モルサンスにちゃんとあるし、アンティーブには別荘もあるじゃないですか。 一人暮らしが寂しければ話し相手を雇えばいい。 金に困ることはないんだから。 再婚という手もあるし」
 オリアーヌはむっとして、スカートを蹴立てて遠ざかった。 だが戸口で捨て台詞を忘れなかった。
「どうせ長続きはしないわよ。 同じ環境で育たなければ、話は合わないわ。 野良猫は野良猫よ」
 レイモンは大きく息を吸い、肺活量を一杯にして、姉の小間使いを呼んだ。
「カティア! カティア! いるんだろう? いつも姉上の腰巾着だからな! すぐ荷造りを始めて、夕方の六時までに屋敷を去れるようにしてくれ!」
「まあ!」
 憤慨の叫びと共に、オリアーヌは部屋を出て行った。 直後にドアが、びっくりするような音を立てて閉まった。


 姉との対決が済むと、レイモンは怒った肩を和らげて、目を丸くしている妻に笑顔を向けた。
「そんなにびっくりしないで。 前からはっきり言いたいと思ってたんだ。 ちょっとでも譲ると、強引に言いなりにしてしまう人だからね。 うちは父が姉に甘くて、天井知らずの我がままにさせてしまった」
 ロザリーは黙って、夫の肘に手をすべりこませた。 レイモンはロザリーを脇にぎゅっと引き寄せ、優しく囁いた。
「家の中を案内するよ。 子供部屋が三つあるから、どれを使うか決めるといい。 君の居間も、好きなのを選んでくれ」







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