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40 一刻でも早く
レイモンが忽然と戸口に姿をあらわしたのは、午前十一時を少し回った頃だった。
変わらぬ気持ちを確かめ合い、一人息子と対面した後、レイモンは居心地のいい素朴な食事室で、久しぶりにロザリーと昼食を取った。 そして、前と変わらぬ盛んな食欲を見せ、羊のシチューと野菜の煮込みをお代わりして平らげた。
「もうすっかり元気なの?」
「ああ、もう大丈夫だ」
「私の田舎料理をこんなに喜んでくださるなんて、思ってもみませんでしたよ」
いそいそと給仕しながら、マドが喜んで声を上げた。 レイモンは顔を上げて微笑み返し、気さくに応じた。
「謙遜しないでくれよ。 昔からマドとお母さんのモリーの料理はおいしいんで有名だったじゃないか」
彼はくつろいで、実に楽しげだった。
「前にモリーはビュケの宿屋で料理番をしていたんだ。 あの店はモリーの腕で持ってたようなものだよ。 ビュケが亡くなって店じまいしたのが残念だったな」
「まあ、じゃ私は村一番の家政婦さんに来てもらえたのね」
ロザリーが感心すると、マドはますます喜び、夕食用に取っておいたクルミのパイまで出してきた。
楽しい食事が済み、一休みしてから、レイモンはてきぱきと動き出した。
「さあ、屋敷へ突撃しよう。 そして、占拠しているゴルゴンをやっつけるんだ」
「そんな」
ロザリーは閉口した。
「お姉さまを怪獣にたとえるなんて」
「当然だよ」
レイモンはこともなげに言い、にやっと笑った。
「だから話しただろう? 昔から僕のいやがることばかりして、あなたのためにやったのよ、と恩に着せるんだ。 最悪だよ。 腹が立ってしょうがない」
「よっぽど気が合わないのね」
「姉とは合う人間のほうが少ない。 友達もあまりいないし」
レイモンの両手が、心配そうなロザリーの顔を包んだ。
「君とは正反対。 僕はこれから田舎地主になって、働き者の君と一緒に畑や果樹園を見てまわり、丈夫な馬や羊をたくさん育てるつもりだ。 もちろん僕らの子供達もね。 だから一刻も早く君と二人だけになりたい。 邪魔者は願い下げだ」
ロザリーは笑いながら顔を赤らめた。
「はっきり言うのね」
「それが僕の取り柄だ」
「あなた、前より明るくなったわ」
ふっとレイモンの顔が引き締まった。 だがすぐまだ崩れ、ロザリーを軽々と引き揚げて、丈夫な肩にもたれさせた。
「これが本当の姿なのさ。 体はちょっぴり弱ったが、心は強くなった。 ではかわいい奥さん、いざ参ろう。 荷物は後から取りに来ればいい」
レイモンは、軽快な二輪馬車を外に置いていた。 自分で御して、屋敷から来たらしい。
彼がまた馬をつないでいる間に、ロザリーは持ち合わせた服の中で一番しゃれたのを選んで急いで着替え、ファブリスを大事そうに抱いたマドを伴って馬車に乗った。
三人が村の一本道を進んでいくと、通りすがりや酒場の外でくつろいでいた村人がみな、目を丸くして見守った。 レイモンはくったくない様子で彼らに手を振り、その度に誘った。
「君たち、これが僕の家族だ! 改めて結婚祝いをするから、明日の午後に屋敷へ来てくれたまえ」
初めはきょとんとしていた人々だが、やがて事の次第を悟り、様々な反応を見せた。 顔を見合わせて肩をすくめる長老たちや、白い歯を見せて手を振り返す若者たち。 子供と女たちはおおむね好意的で、いずれにしろ馬車が通り過ぎた後は噂話の渦になった。
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