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36 待ち人が帰る



「彼は帰ってきます?」
 窓際でロザリーは躍り上がり、思わず叫んでいた。 心から待ち焦がれたその様子を見て、マルネ子爵夫人は一歩退き、顔をしかめた。 ロザリーがうろたえず、大喜びしているのが気に食わなかったらしい。
「帰ってくるでしょうね。 あなたには子供がいるそうじゃないの。 本当に彼の子なら、あなたにとっては大手柄だわね」


 その後、夫人はお茶の一杯も出さず、さっさとロザリーを馬車で送り返した。 歩いて帰れとドアから放り出さなかったのが不思議なくらいの、冷たい態度だった。
 だが、家の前で降り立ったロザリーの心は、久しぶりに弾んでいた。 ようやく夫の消息がわかった。 そして、きっともうじき帰ってきてくれる。
 やっと彼に会える!
 嬉しさが波のように次々と押し寄せてきて、家に入ったとたん、ロザリーは奥の子供部屋に入り、マドにお守りされて揺りかごに寝ていたファブリスを抱き上げ、夢中で頬ずりした。
「ねえ、聞いた? お父さんが帰ってくるのよ! こんなに可愛くてぽちゃっとした赤ちゃんを見たら、何て言うと思う?
 きっとこう言うわね。 おお、元気でとても賢そうだ、それにとってもとっても器量よしだって」
 少し激しく抱きしめられても、ファブリスは泣かず、艶のある丸い眼を見開いていた。 物に動じない、度胸のいい子だ。
「あの人は坊やを気に入るわ。 絶対好きになる。 やっと三人で暮らせるわねぇ。 思い切ってここに来てよかった」
 縫い物の手を止めて女主人の言葉を聞いていたマドも、嬉しそうに声を立てた。
「まあまあ奥さん、ついに旦那さんが見つかりましたか!」
「ええ、やっと」
 ロザリーはファブリスを揺りかごに下ろすと、椅子に座っているマドを、縫い物籠ごと抱きしめた。
「お……奥さん」
「とうとうやったわ! あなたと家中踊り回りたい気分!」
「やめてくださいよ。 今日はちょっと膝が痛いんでね」
と文句を言いながらも、マドは目尻に皺を寄せて、嬉しそうに笑ってくれた。




 それから一週間、ロザリーはマドと二人で、せっせとファブリスを磨きたてた。 新しいベビー服を作り、巻き毛になってきた金髪を手入れし、これまで以上に歌いかけたり楽しい話を聞かせたりして、笑顔を引き出した。 たとえ言葉の意味がまだわからなくても、母や乳母の機嫌がいいと、子供も喜んで明るくなった。
 そして遂に、二台の馬車が、村の通りへ近づいてきた。 子爵夫人が自分のものを迎えに出したらしく、見覚えのある大型馬車と荷馬車だった。







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