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35 夫への知らせ
次に目を開いたとき、自分がどこにいるのか、ロザリーは少しの間、見当がつかなかった。
見上げた先には、複雑な唐草模様を浮き彫りにした漆喰〔しっくい〕の天井があった。 熟練した職人が、長い時間と手間をかけて作ったものにちがいない。
ここは屋敷のどこかの部屋だ、と、ロザリーは気づいた。 そして、自分が高慢なマルネ子爵夫人とやり合っていて、レイモンが死にかけたことを聞かされ、耐え切れなくなって気絶したことを思い出した。
とたんに悲しさと焦りが全身を満たした。
どうして私も連れていってくれなかったの、と叫び出したかった。 傍にいれば看病できた。 誰よりも気を配って大事にして、もしかすると重態にしないですんだかもしれない。
それにしても、イタリアに行くってどういうことなんだろう。 貴族の暮らしぶりなど何も知らないロザリーにとって、病気上がりなのに外国旅行するなんて信じられなかった。
上半身を起こすと、後頭部から頭痛が広がって、ロザリーは顔をしかめた。 意識を失ったとき、床で頭を打ったのかもしれない。
人が五人くらい眠れるほど巨大なベッドから足を下ろし、小机の水差しを取って、額を湿らせた。 冷たい水のおかげで、いくらか痛みがやわらいだ。
レイモンは外国にいる。 当分ここには戻ってこない。
しかもこの土地は、今やロザリーに敵意を持っている彼の姉の支配下にあった。
追放されるだろうか。 子供が生まれ、近所とも顔見知りになり、ようやく住み慣れてきたところだったのに。
できれば、レイモンのいるイタリアに飛んで行きたかった。 だが、旅なれたロザリーでも外国に一人で行く勇気はなかったし、生まれたばかりの幼子を連れて行くなんて危険すぎた。
窓際に手をついて、ぼんやり眼下の中庭を眺めていると、背後のドアが遠慮がちに開いた。
振り返ったロザリーの目に、戸口で迷っている小間使いらしい娘が映った。 彼女は視線が合ったとたん、膝を曲げて丁寧に挨拶した後、飛ぶように歩み寄ってきた。
「あの、レイモン様の……御前様の奥方でいらっしゃいますか?」
ちがうの、伯爵と結婚したなんて夢にも思わなかった──そう答えたい衝動に駆られたが、ロザリーは何とか自分を押さえ、小さくうなずいてみせた。
娘はとたんに顔一杯の微笑を浮かべた。 なぜか心から喜んでいるようだった。
「それはおめでとうございます! 御前様は間もなくお戻りになられますから、きっと大喜びされますわ」
その意外な言葉を聞いて、ロザリーが目を丸くする前に、開いたままのドアからマルネ子爵夫人が勢いよく入ってきた。 そして、固い声で言い放った。
「弟が喜ぶかどうかわからないけれど、ともかくあなたは村から出ないように。 こんなごたごたが早く収まるように、レイモンへ早速手紙を書きましたからね」
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