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31 高慢な客たち



 誰かが領主の館にやってきた。
 ロザリーの心臓が、急に波打った。 レイモン自身ではなくても、親戚なら似ているかもしれない。 彼女がまったく見たことのないレイモンの表の顔を、その親戚は知っているはずだ。
 どんな人か、この目で確かめたい。 赤ん坊のファブリスは昼寝中で、家政婦のマドが見てくれているから安心だ。 身軽に動けるのは今しかない!
 スカートをたくし上げて足元を軽くすると、ロザリーは小走りに丘へ突き進んだ。


 白亜の領主館は、広い庭園の外側をクヌギやイチイ、ポプラなどの木に囲まれて、静かに立っていた。
 しかし前庭は騒然としていた。 大きな荷馬車から次々と荷物が運び出されていて、中には小型の家具まであった。 訪れた親戚はただの客ではなく、しばらく滞在する予定らしい。
 丘のゆるやかな斜面を素早く登ったロザリーは、木陰から前庭に視線をそそいだ。 すると、荷馬車から少し離れたところに停められ、今しも使用人が馬を引いて運んでいこうとしている上等な馬車が、目に入った。
 ロザリーは懸命に、馬車の扉を見つめた。 そこには金と赤と青で紋章が描かれている。 だが中心は枝を伸ばした植物で、レイモンの便箋にあった熊の紋章とは似ていなかった。
 ロザリーがとまどっていると、ゆったりした三階建ての主館の窓が一つ開き、若い女性が身を乗り出して、下にいる使用人に何か言いつけていた。
 遠すぎて、声は聞こえない。 ただ、彼女の身振りを見ていると、使用人たちが無造作に下ろしている荷物を粗末に扱うなと注意しているらしかった。
 間もなく、若い娘の横にもう一人の姿が現われた。 ロザリーのところからでも、金に糸目をつけない服装をしているのがわかる。 これが親戚なの人のだろうと、ロザリーは見当をつけた。 顔立ちは美しい。 でもレイモンに似ているところは見うけられず、髪の色も黒っぽかったし、横柄な感じがした。


 五分ほど観察した後、ロザリーはそっと後退して、家へ帰ることにした。 新たに来た客は、ロザリーが前に考えていた貴族のイメージそのものだった。 高慢で人使いが荒く、上から見下ろして命令するだけ。
 あんなのが彼の親戚なんて。 ロザリーはがっかりし、落ち着かない気持ちで家路を急いだ。 あれではとても、レイモンの消息を聞きに訪ねていくことなんかできはしない。




 それから十日ほどは、平穏に過ぎた。
 やってきて館を占領している貴族女性の噂は、すぐに使用人たちの口から、村にばらまかれた。
 それによると、訪れてきたのはマルネ子爵夫人で、現領主の姉だそうだった。 弟の代理として、しばらくここに住むという。 来たとたんに呼びつけられて厳しい注文の嵐を浴びたジオノ管理人は、早くもへきえきしていた。
「最初に言ったのが、あなた農地収入をごまかしてないでしょうね、だったんだって」
 村長夫人のクレマンスが、村唯一の帽子屋の店内で、好奇心一杯のおかみさん達に語ってきかせた。
「帳簿を見せろという命令には、委任状がないとだめだって、どうにか突っぱねたそうよ。 そしたら子爵夫人はますます不機嫌になって、何かというと嫌味を言うらしいの」
 おかみさん連中は首をすくめ、互いに顔を見合わせて話し合った。
「そういえば、連れてきた小間使いの人たちも村で買物しないよね〜。 こんな片田舎じゃ、ろくな物はないとバカにしてるんだろうか」







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