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30 館に来た客人



 こうして新しい年を、ロザリーは息子と共に迎えた。
 寒い上に雨の少ない冬で、山を二つ隔てた村ではインフルエンザが流行していると聞いた。 生まれたての子供のために、ロザリーは悪性の風邪がこのサングロワに侵入しないよう、何度も小さな教会に通って神に祈った。


 その祈りが通じたのか、または風邪の伝染の勢いが弱まったのか、ロシェ村は春まで被害者を出さずにすんだ。
 そして久しぶりに明るく温かい日が続いた。 かわいらしい赤ん坊を抱く若い母は、まるで美しい春の象徴のようで、人々の心をなごませた。
 もともとロザリーは人付き合いのいい性格で、嫌味がないので幅広い年代に好かれた。 ロシェ村でも、日頃がんこな老人までが、ロザリーに笑顔で挨拶されると手を振り返し、中には立ち止まって世間話をする者も現われた。
 だから村の居心地はずいぶんよくなった。 まだ独身の農夫の中には、行方不明の『カズヌーヴ』氏がこのまま見つからなければいいのにと願った者も、一人や二人ではなかった。
 しかし大抵の村人は、父となったロザリーの夫を見つけたいと思っていた。 ファブリスはどんな親でも嬉しくなるような赤ん坊だ。 ぜひ両親を揃えて、赤ん坊を、そして若い母親を幸せにしてやりたい。




 初夏が訪れ、麦の刈り取りと野菜の栽培で人々が忙しくしている最中、静かな村の通りに二台の大型馬車が入ってきた。
 街道から離れたこんな小さな村には珍しいことだ。 通りに面した鍛冶屋や、酒場の庭でペタンクをしていた老人たちが、手を止めて見守る中、豪華な紋章入りの馬車と大きな荷馬車は、堂々と狭い道を進んでいき、小高い丘の上に建つ領主館へ向かった。


 その日、ロザリーはきゅうりの苗を分けてもらうため、村の北西にある農家を訪ねていた。
 その家の若い妻にも、最近二人目の子供が生まれたばかりだ。 ネリーというその若妻は、初めて子育てをするロザリーにおむつの当て方や、夜泣きしたときどうするかなどを実地に教えてくれて、いい友達になっていた。
 知り合いの間では、だいたい物々交換だ。 ロザリーは苗のお礼に兎のパイを渡して、これから牛の乳搾りをするというネリーと少し話を交わしてから、早めに腰を上げ、帰途に着いた。
 すると道の途中で、顔見知りの領地管理人フランソワ・ジオノが、すごい勢いで無蓋馬車を飛ばしてくるのに出会った。 角を曲がりきれずに大きくふくらんできたので、危うくロザリーはスカートの裾を車輪に巻き込まれるところだった。
 すばやくかわしたロザリーを振り返って、ジオノは申し訳なさそうに叫んだ。
「すみません! お館に親戚の方が見えて、すぐ来いと呼びつけられたもんで」
 言葉はまだ続いたが、埃と夏の突風にさらわれて、後半は意味不明になった。







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