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27 領地に住む人



 年より若く無邪気に見えるというのは、こういうときとても役に立つ。
 ロザリーが荷物を下げて歩き出すと、すぐに後ろから荷馬車がやってきて、傍でわざわざ速度を落とした。 御者席に並んで座っている中年男女のうち、鼻の赤いおかみさんのほうが横に身を乗り出して、大声で呼びかけた。
「あんた! そこの細っこいねぇちゃん! どこまで行くのかね?」
 人見知りをしないロザリーは、すぐ澄んだ声と笑顔で応じた。
「ロシェ村よ。 そこの神父様に会いに行くの」
 おかみさんの肩越しに、しゃくれた長い顔が覗いた。
「ボーリュー神父かね? 教会は通り道にある。 歩くには遠いから、乗せてってやろう」


 そこでロザリーは荷物を後ろの荷台に置き、身軽に席へよじ登った。 長い顔の農夫が筋の立った腕で助けてくれ、ロザリーはおかみさんの横に居心地よく収まった。
 愛想がよく、聞き上手なので、のんびりゆらゆら馬車に揺られて進んでいくうちに、彼女はこの辺りの事情やロシェ村の地理、そして新旧の領主について、夫婦が知っていることをあらかた聞き出していた。
「前の伯爵は、そりゃあいいお方だったよ。 荒い声なんか出さない、静かなお方でね。 なんか、しちめんどくさい研究をなさってた。 えーと、は……はく、何とかいう」
「博物学だよ、あんた」
 おかみさんは、ちゃんと言えて得意そうだった。
「そうそう、それだ。 新しいご領主は、子供の頃よく、ここにおいでだったよ。 やんちゃ坊主でね、裸馬に乗って土手を走り降りて、川の泥に頭から突っ込んだことがあったっけ」
「よく首の骨を折らなかったもんだよ。 元気すぎる坊ちゃんだったが、前の伯爵をとても慕っておいででね、お葬式では泣きむせんでいらした」
 おかみさんはそう話しながら、自分も目頭をぬぐった。
 ロザリーは、心臓が痛むほど動悸が高まるのを押さえながら、さりげなく尋ねた。
「新しい伯爵さまって、こちらにお住まい?」
 戻ってきたのは、意外な答えだった。
「いや、来られるかどうか、わかんないね〜」
「どうして?」
 反射的に、ロザリーはその質問を農夫にぶつけていた。
 人のいい農夫は首をかしげ、首にかけた布で額の汗をぬぐった。
「葬式のすぐ後では、引っ越してくるという噂だった。 だが、何ヶ月経っても音沙汰がなくてな。 管理人のジオノさんに訊いてもはっきりしないんだそうだ」
 ロザリーの動悸は、一段と不規則になった。
「他にお住まいがあるのかしら?」
「あるんだろうな。 ああいう身分のお方だ。 別荘だの別宅だの、あっちこっちに持ってるんじゃないかい」
 ああ、どうしよう。
 こんな事態は想像しなかった。 立派な領地の跡継ぎになったからには、ここにいるにちがいないと思い込んでいた。
 失望のあまり、頭がふらついたが、ロザリーは必死に体を立て直し、できるかぎり普通の声を出した。
「あの、新しい伯爵って、どんな見かけの方?」
 夫婦は顔を見合わせた。 それから、おかみさんのほうが低く笑い出した。
「やっぱり顔が気になるんだね? それとも噂を聞いたのかい?
 レイモン坊ちゃまは、そりゃあいい男ぶりだよ。 すっきり背が高くて金髪でね。 前の御前は黒髪で、ご一族も暗い色の髪が多いが、坊ちゃまはきっとお母様似なんだろうね」







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