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26 彼の居場所は



 話しているうちに、ロザリーの決心は固まっていた。
 父は、いわゆる山師だ。 金回りがいいときは気前がよく、天使のように機嫌もいい。 しかし、負けが込んでくるとなりふり構わなくなり、娘にまで金の無心をしてくるのだ。
 レイモンから大金を残されたとわかった今、父に見つかるのは禁物だった。 賭け事師は自分に都合のいいことしか考えない。 思い切って百万フラン賭けて、二倍、五倍、そして百倍にも増える夢を見るが、すべてすって、一銭も残らない未来は目に入らないのだ。
 どんな大金でも、父なら一晩で無くすことができる。 そんなことになったら、悪夢としかいいようがない。
 今度こそ独り立ちしよう。 まだ見ぬ子供の将来のために。 そして父にまだツキがあって、一人で楽しく生きていける間に。
 荷物をほどかなくてよかったと思いながら、ロザリーはしっかりした声で、父に言った。
「そんなびっくりしたような顔をしないで。 いいのよ、新しい恋人や奥さんを見つけても。 私はやっぱり、夫を探しに行くわ。 そう決めたの」
 父は眉を寄せ、少し考えてから提案した。
「俺も一緒に行こうか? 賭け師仲間から情報を取れるかもしれんし」
「いいえ、居場所ならわかると思うわ。 大学に訊いてみれば」
「ああ、そうだったな。 じゃ、くれぐれも用心するんだぞ。 若い女の一人旅はとても危険なんだから」
 父は案外あっさりと受け入れた。 今は懐が暖かいので、旅費の足しにといっていくらかの金までくれた。 ロザリーは少し申し訳ない気になって、返そうかと考えたが、不審に思われては困るから、結局受け取った。




 三日後、ロザリーはナントの南にあるサングロワという土地に到着した。
 そこは、先日亡くなったブールギニョン伯爵の領地だった。 ナント大学の学生課に行ったロザリーは、レイモンの名乗った名前が本名の一部であること、その下に、ド・ロリエールという苗字のつく男爵だということを知った。
 レイモンが、貴族……。
 彼が見かけとちがう金持ちだというのは、とっくにわかっていた。 だがまさか、そんな爵位まで持っていたとは……!
 しかも彼は、ブールギニョン伯の相続人だった。
「手続きや今後の管理が大変だということで、残念ながら当校を辞められました。 伯爵位は本来ならお兄様のダルニー伯爵のものになりますが、伯爵が辞退なさったため、ロリエール男爵がお継ぎになるそうです」
と、大学の事務員がすらすらと説明した。 難しい言葉が多く、ロザリーには半分くらいしかわからなかったが、それでもレイモンがブールギニョン伯爵の称号と土地を引き継いだことだけは、はっきりと理解した。


 薄曇の空の下、ロザリーは黒っぽい地味な服と庇の深いボンネット、粗末な鞄をふたつ、という目立たない格好で、郵便馬車から降り立った。
 旅仲間は農婦と行商人、それに寝てばかりいる若い神父で、疲れた様子のロザリーに親切にしてくれた。 彼女のかわいい顔立ちを見て、都会へ奉公に行って不幸な目に遭い、故郷に引き返す途中だと思いこんだらしい。
 だから短い旅は意外に楽で、一人で馬車を離れたときは寂しくなった。
 これからアンスニに赴任するという神父の助言だけが、今の頼りだった。
「右の道をまっすぐ行くと、ロシェという小さな村がある。 そこのボーリュー神父は年配だが頼りになる人でね、慈悲深いお方だから、会いに行って相談してごらんなさい」







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