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25 頼りにならず



 ホテルに帰っても、父は居なかった。 やはり本当にヤンとサイコロ勝負に出かけたらしい。
 ちょうどいい機会だ。 旅の疲れと失望で落ち込んでいたが、ロザリーは自分を励まして部屋に入り、荷物の奥に入れていた箱を取り出して、鍵をあけた。
 するとなんと、中には高額紙幣がぎっしりと詰まっていた。


 その中の札一枚でさえ、ロザリーはこれまで実物を見たことがなかった。 普通の市民のお目にかかれる金額ではないのだ。
「百フラン札なんて……うわっ、こっちは千フランだわ!……五百フラン(≒今の百万円)札も一杯……」
 数枚を手に取っただけで、目がくらくらしてきた。 細かく数えるなんて、とてもできない。 大急ぎで箱に戻し、鍵をかけ、もう開かないかどうか、三度もたしかめた。
 こんな凄いものを、気軽に持ち歩いていた自分が信じられなかった。 手切れ金にしても多すぎる。 どんな金持ちか知らないが、レイモンが気前のいい人間だったことだけは確かだった。


 辺りが薄暗くなった頃、父のジャコブが宿に戻ってきた。
 誰か連れてきたらしく、階段を上がりながら話している声がだんだん大きく聞こえた。
「今日は娘がいないんだよ。 もう戻ってくるかどうかわからん。 だから外で慌しく会うより、部屋でゆっくりワインでも飲んで」
 扉が開き、二人分の足音が入ってきた。 灯りをつけずに寝室で考え事をしていたロザリーは、はっとして立ち上がった。
 父は女の人を連れ込んできたようだ。 きっと一緒に住みたいのだろう。 自分が帰ってきても居場所はなさそうだ。 突然猛烈に腹が立ってきて、ロザリーは肩を怒らせると、勢いよく寝室のドアを開けた。
 表の部屋では、酔っ払い二人がもたれあいながら即席のダンスを踊っていた。 たっぷりの化粧につけぼくろまで張った派手な女性が、いきなり現われたロザリーを見て凍りつき、ジャコブを突き放して怒鳴った。
「ちょいとあんた! 奥さんがいるなんて言ってなかったじゃないの!」
「ん? 奥さんだって?」
 眠そうに半分下がった瞼をこじあけたジャコブは、娘が腕を組んで仁王立ちになっているのを見て、たじたじとなった。
「おお、ロザリー。 帰ってきてたのか」
「ええ、そうよ」
 派手な女は、愛想笑いを振りまきながら、出口のほうに後ずさりしていった。
「そんな怖い顔しないでよ。 私は暴力は嫌い。 すぐ出てくから、怒らないで」
「待てったら。 こいつは女房じゃない。 まちがえるなって!」
 ジャコブの叫びは手遅れだった。 女は既に部屋を抜け出し、階段をがたがた駈け降りていく最中だった。


 なんとなくきまり悪そうに、ジャコブは頭をかき、ぼそっと訊いた。
「亭主は?」
「いなかった」
「そうか」
「お父さんも手が早いわね。 私が出てったとたんにもう恋人作ったの?」
「まさか」
 父はロザリーのほうに来ようとして、よろけてテーブルに手をついた。
「あれがまともな女に見えるか? 安酒場で引っかけたんだよ。 今夜はちょっと、寂しい気分でな。 おまえが行っちまったと思って」
「あ、そう」
 もうほだされるもんか、と、ロザリーは思った。
「けっこう楽しそうだったじゃない? 今のところは資金もあるし。
 あぁ、やっぱり私とお父さんじゃ合わないのよ。 生き方がちがいすぎるわ。 だから私に合った生活に戻ることにする。 父さん体に気をつけて、元気でね」







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