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21 賭け事の運は



 がっかりした気持ちの中に、嬉しさも混じっていたことに、ロザリーは自分で驚いた。
 すぐ扉を開けると、父は元気そうににっこり笑いかけてきた。
「よう。 びっくりしたよ、おまえが結婚して家を構えているなんてな」
「どうしてここがわかったの?」
 招き入れる前に、ロザリーは用心して父の様子をまず観察した。 なんと、まともな格好をしている。 たぶん中古だろうが、しっかりしたフロックコートを着て、形の崩れていない帽子をあみだに被っていた。 前に比べて明らかに、金回りがよさそうだった。
 父は片目をつぶり、うなずいてみせた。
「ジャン・ミレイを覚えてるか? 伝馬船〔てんません〕の船長で、よく飲んでクダ巻く奴だ」
「ええ、頬髯の濃い人でしょう?」
「その通り。 やつが船でロワール河を上っているときに、おまえが籠を下げて川岸を歩いているのを見かけたんだ。 買物をしていたんで、後でそのパン屋に寄って、ここを聞き出したってわけさ」
「ふぅん」
 ロザリーは気のない返事をした。 ジャン・ミレイはお節介な男だ。
 家の中に足を踏み入れながら、父のジャコブは居間兼食堂をしげしげと見渡した。
「なかなかきれいにしてる。 おまえらしいな。 亭主は何の仕事をしてるんだ?」
 亭主という言葉が、胸にずきっと来た。 ロザリーは父と目を合わせられず、テーブルの縁を拭くまねをしながら硬い声で答えた。
「学生よ。 大学に通ってるの」
「なんだと?」
 父は心から驚いた。
「どうしておまえ、そんな頭でっかちな野郎と一緒になったんだ」
「申し込まれたから」
 父は首を振って溜息をつき、もう一度部屋を眺め回した。
「金はまあまああるらしいな」
 ロザリーの顔が強ばった。 こんなに帰りが遅れていても、留守の間の生活費はまだ四分の三以上残っている。 おまけにレイモンが前に言ったところによると、書斎の書き物机の中には、更にいざというときの蓄えがされているらしい。 当分、暮らしに困ることはないだろう。
「それで、そいつは……」
「出かけたまんまなの」
 なぜ口にしてしまったのか、自分でもわからない。 ただロザリーは、勝手に出ていって、詫びもせずにふらりと顔を見せた父に、皮肉を言ってみたい気分だった。
「お父さんと同じね。 出ていったら最後、鉄砲玉みたいに行ったきり」
 父は文句を言わず、帽子を取って手で回しながら、食卓の椅子に腰をおろした。
「いや、おまえを置き去りにしたつもりはなかったんだ。 あんなにツキが来た日は初めてだったんでな、逃げないうちにあちこちで稼げるだけ稼ごうと思ったんだよ。
 あのツキは本当にすごかったぞ。 細工まったくなしで、十連チャンで勝ちつづけたんだからな。 次々相手を替えて正解だったよ。 恨みっこなしで、九三七フランだぜ! 信じられるか? あんな大金をまとめて見たのは、生まれて初めてだった」
 そこで少ししょげて、ジャコブは声を落とした。
「袋に詰めこんで、大急ぎでナントに帰ったんだよ。 おまえに髪飾りを買ってな。 なのにおまえはとっとと消えていた。 心配したのは、こっちのほうだぜ」







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