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20 待ちわびた後



 レイモンが慌しく出発していった後、小さな家は火が消えたようになった。
 食事を作るのも、自分一人のためだと思うと張り合いがない。 つい簡単なもので済ませるようになった。
 なんとなく気分が重くて食欲がないのも、やる気が出ない理由の一つだった。 最初は風邪か軽い胃炎かもしれないと思ったが、発熱や吐き気がないので、どうも違うらしい。 寂しい上に体の不調が重なって、ロザリーは珍しく落ち込んだ。


 そんな若妻を心配して、地主のショーソン夫人がときどき食事に呼んでくれた。
「牛の煮込みを作ったんだけど、どう? 旦那さんが帰るまで無用心なら、うちに泊まってもいいのよ」
 ロザリーは親切な夫人に感謝し、そのつどご馳走になったが、家に泊めてもらうのは遠慮した。 レイモンが不意に帰ってきたとき、いつでも家で両手を広げて迎えたい。 たとえそれが夜中でも、かまわなかった。


 レイモンが出発してから、一日が過ぎ去るごとに、暦に×をつける習慣がついた。 ×が七つ並んだ夜は、どきどきしてよく眠れなかった。 翌朝に帰ってくるにちがいないという気がして、眠い目をこすりながら、まだ暗いうちにベッドを離れ、夜が明けるまでせっせと家の中を掃除しまくった。 いつもきれいにしていて、ほとんど埃がないにもかかわらず。
 その後は、外の気配に耳をすませながら、料理を作った。 レイモンの好物ばかりを次々とテーブルに並べ、服も着替えた。
 料理を二度温め直して、夜になった。 疲れたし、睡眠不足で瞼が重くなり、いつの間にかテーブルに突っ伏して居眠りしていた。


 まだ本格的な春は遠く、気温が低いため、心を込めて作った料理は、冷暗所に置いて二日保った。
 レイモンが出かけて十日目、ロザリーはまだ痛んでいない料理を半分食べてから、新しい食事を作った。 十日目だ。 彼は必ず帰ってくるはずだった。


 そして、半月が過ぎた。 ロザリーはまだ一人で、夫の帰りを待っていた。
 連絡はなかった。 言伝〔ことづ〕ても、手紙も来なかった。
 期待は重い憂鬱に換わり、ロザリーは押しつぶされそうだった。 ショーソン夫人の向ける同情の眼差しが胸に痛い。 それでもロザリーはまだ、夫の誠実を信じていた。 彼はお父さんじゃない。 妻を忘れてフラッと旅に出て、それっきりになるような性格じゃないんだ。
 そう固く信じていたはずなのに、彼女を男性不信にした張本人の父が不意に戸口に現われたとき、これで救われたと思ってしまったのは何故なのだろう。


 それは、四月初めの夕方のことだった。 春とは名ばかりの薄ら寒い日で、ロザリーは少しずつ体調不良が直ってきたとはいえ、まだたまに寒気がするため、大きなショールを巻きつけて、火を小さくした暖炉の前に座っていた。
 そのとき、戸を叩く音がした。
 ロザリーは飛び上がった。 泳ぐように立とうとしてショールの端を踏み、硬い床で膝を打って、顔をしかめた。
「レイモン?」
 呼びかけた声が、ひどくかすれていたので、ロザリーはもう一度口を開けた。 だが、扉の向こうから返ってきた声は夫のものではなく、もっとよく聞きなれた口調だった。
「ロザリー? おれだ。 お父さんだよ」







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