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16 高価な持ち物
レイモンは決めたら早い。 翌朝すぐに鋤〔すき〕を持ってカルヴェ氏の庭に行き、半時間ほどでたっぷり根のついた若木を持って帰ってきた。
戻るとすぐ、レイモンはロザリーが決めておいた植え場所に、もう一つ穴を掘らなければならなかった。 中には家主から分けてもらった肥料と木炭を入れた。 その上に少し土を掛け、木の根をできるだけ広げて伸び伸びと植えつけた。
その後、風で倒されないように、二人して支柱を結んだ。 いそいそと手伝いながらも、ロザリーはレイモンの力強さにうっとりしていた。 一メートル×一メートル半ほどの穴を続けて二つ掘ったのに、彼は汗ひとつかいていない。 均整のとれた筋肉質の体は、見かけだけではなかった。
こうしてていねいに植え替え、たっぷり水をやったおかげで、苗はうまく庭になじみ、間もなく成長を始めた。
やがて次第に空の色が濃くなり、涼しい風が木立を揺らすようになって、秋が来た。
ロザリーの料理はずいぶん上達し、絵本も二冊目に入った。 その頃になって、レイモンは土曜日になると、妻をよく外に連れ出した。
「寒くなる前に、買いたい物がいろいろあるだろう? 服や外套や手袋、マフなんかが」
長年の習慣で、ロザリーが古着屋に目を留めると、レイモンは笑って引き戻した。
「新しいのを買おう。 裁縫がうまいのは知ってるから、気に入った服がなければ布地を買って仕立てればいいよ」
気に入った服を買うなんて! 古着さえなかなか買えなくて、劇場の踊り子から要らなくなった衣装をもらって、数着を繋ぎ合わせてうまくブラウス一枚を作る、などという苦労をしてきたのに、ロザリーには考えられないほどのぜいたくだった。
あなたはお金持ちなの?
いつもその問いが、ロザリーの喉に引っかかっていた。
だが決して口から出ることはなかった。
ロザリーは怖かったのだ。 レイモンが学生なのは確かだと思うが、それ以外はまったくといっていいほど分からない。 知っているのは兄が一人いることだけだ。
思い切って訊けば話してくれるだろう。 でもそれが何より怖かった。 どう考えても、レイモンは育ちがよすぎた。 共に暮らせば暮らすほど、自分との釣り合いの悪さに心が縮む。 明るい夏のうちは気分が大らかだったロザリーも、日が短くなってくると少しずつ自信がなくなってきた。
不安があまり大きくなると、左手に嵌まった金の結婚指輪をさすって心を落ち着ける。 私は正式な妻なんだから、と自分に言い聞かせて、安心感を得るしかなかった。
そんなある日、決定的なことが起こった。
レイモンがいつものように大学へ出かけた後、洗濯しようとして寝室に入ったロザリーが、椅子の背にかけた夫のシャツを持ち上げたとき、はらりと一枚の紙が落ちた。
ロザリーは紙を何気なく拾い上げて、テーブルに置こうとした。 その目に、紙の下端に印刷された模様が飛び込んできた。
鷲と熊が金色の剣を挟んで向かい合った図──それはどう見ても、立派な紋章だった。
上質な紙には書き損じた跡があった。 『親愛なる兄上』まで書いたところでインクの染みがつき、惜しげもなく捨てられたらしい。
つまりこれは、紋章入りの便箋なのだ。 いつもレイモンが使っている安物の筆記用紙でさえ結構値が張るのに、こんな特注の便箋がいくらするものか、ロザリーには見当もつかなかった。
急いでその紙を畳むと、ロザリーはスリのようにポケットに隠した。 見なかったことにしよう、と、とっさに思った。 彼がどこのお坊ちゃんだろうと、どうでもいい。 知りたくない!
ロザリーの望みは、この小さな居心地のいい家で、彼と一緒にいつまでも暮らすことだけだった。
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