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14 幸せな夏の日



 それから続いた二ヶ月は、ロザリーにとって珠玉の夏となった。
 もう花売りやお針子はしなくていい、僕が生活費をすべて出す、とレイモンがきっぱり言ったため、ロザリーは十三歳のとき以来はじめて、家の仕事だけしていればいいことになった。
 これはすばらしい身分だった。 自分で自分のやることを決められるのだ。 レイモンは優しくて、やや自信のないロザリーの料理に文句をつけないし、掃除洗濯に関しては、むしろ感心していた。
「いつもコマネズミみたいに働くんだね」
と、ぱりっと糊の効いたリンネルのシャツを引き出しから取り出しながら、彼は言った。
「糊付けとアイロンが大変なのは知ってるよ。 あの絨毯だって、ここに来たときよりきれいになってる。 表でよく叩いて、ブラシをかけたんだろう?」
「ショーソンさんにいろいろ教わってるの」
 そう答えながらロザリーは、初めて作った肉だんごスープはおいしいだろうか、と、木匙で味見してみた。
「今日は大学へ行くの?」
「そうだ。 建築学の講義があってね」
「けんちくがく……家を建てるってこと?」
「いろんな建物を調べて、どうやれば丈夫で美しい橋や教会や住宅が建つか勉強するんだ」
「役に立つ学問ね」
「そうだよ」
「大工さんになりたいの?」
 レイモンは地味なベストをシャツの上に重ねて、食卓の椅子についた。
「いや、そういうわけじゃない。 ただ、知っておくといろいろ便利なんだ」
「ふうん」
 丸パンとスープとチーズ、というあっさりした朝食を、レイモンはおいしそうに平らげた。 味付けはうまくいったらしい。
 食べ終わると、彼は革のバッグを取って帽子を被り、ロザリーにキスして、壁にかけた大きな図を指差した。
「昨夜に三つ書き加えたからね。 どこか探して、読んでごらん」


 一メートルかける二メートルある大きな図面には、四季のいろんな絵が描いてあった。 大学の友人に作ってもらったというその絵に、レイモンがきれいな活字体と筆記体で少しずつ名前を書き込んでくれる。 その日は高く広がる上の青いところに、ciel(空)、下で橇〔そり〕が走っている白い道に、neige(雪)と書いてあった。
 確か三つと言ったはず。 あと一つは?
 目をこらして捜すと、お城の庭園に咲き乱れた花の真中に、fleur という文字が見えた。
 字を指でなぞりながら、ロザリーは微笑んだ。 こうやって少しずつ読めるようになれば、字の並び方でどう読むかがわかってきて、ずっと楽になる、とレイモンは言った。 だから急ぐことはない、絵と単語を見ながら声に出してみるだけでいい、と。
 がんばり屋のロザリーは、読むだけでは物足りなかった。 急がないでと言われても書いてみたくて、あることを思いついた。
 レイモンが捨てた反古紙を裏返して、指に水をつけて書くのだ。 これなら乾けばまた練習できるし、余分なお金を使わなくてすむ。
 幸い、abcは読めたし書けた。 母がそれだけはできて、刺繍額に残しておいてくれたおかげだ。
 こうやって勉強し、家を整え、買い物に行き、近所と交流し、小さな畑まで作って、ロザリーは張りのある毎日を精一杯生きていた。







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