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13 望み通りの家



 式が終わって、明るい太陽が差す外へ出たとき、ロザリーの心は嬉しさよりも気まり悪さで沈みかけていた。
 結婚証明書に署名するのはわかっているはずだった。 なのに何で、昨夜のうちに練習しておかなかったのだろう。 急な結婚に浮かれて、用心を忘れてしまった……
 また馬車に乗り込んで出発させた後、馬の歩みが安定してから、レイモンは片手を手綱から外して、ロザリーの膝に置いた。
 低い声が話しかけてきた。
「あの神父、余計なお世話だったね」
 ロザリーは息を吸い、気を取り直した。 弱虫小虫、飛んでけー、だ!
「そうよ、自分の名前ぐらい、ちゃんと書けるんだから」
「子供の教育は親の責任だ」
 呟くように言うレイモンの眼は翳っていた。
「君が気に病むことはない。 習いたくなったら僕に言ってくれ。 いつでも教えてあげるから」


 それでも少し落ち込んでいたロザリーだったが、レイモンの借りた家が見えてくると、思わず馬車から乗り出して、目を輝かせた。
「うわー、かわいい!」
 レイモンはその言葉を聞いて、くすくす笑い出した。
「かわいい? 面白い言い方だな。 小さいとか便利そうとかいうならわかるが」
「だってかわいいもの。 丸っこくて、煙突も短くって。 あれなら煤〔すす〕が詰まったりしないわね」
「上に鳥が巣を作ったりしなければね」
「そうなったら、あなたがどけて。 私は下で、エプロン振って応援する」
「卵が採れるかもしれないぞ。 小さなオムレツ作ってくれるか?」
 冗談を言い合いながら、二人は馬車で新しい家の裏庭に乗り入れた。
 レイモンは新妻を軽々と抱き下ろした。 そして、横抱きにしたまま、扉の鍵を器用に開け、ふわっと中に運び入れた。
「僕のかわいい奥さん、二人の家へようこそ」
 抱き合うと、手に持っていた花束から、ミモザの香りが仄かに二人を包んだ。
 それからレイモンは、ロザリーの肩を持って優しく半回転させた。
「見てごらん。 もともと家具付きだし、地主のショーソン夫人に頼んで基本的な飾り付けをしてもらったんだが、気に入らないところがあれば、君の好きなようにいくらでも直してくれ」
 ロザリーはゆっくりと、八メートル四方ほどの居間兼食堂を見渡した。 窓にはレースで縁取りした白いカーテンが揺れている。 テーブルにかけてあるのは、カーテンとお揃いのぱりっとしたテーブル掛け。 食器棚と鳩時計はクルミ材の木彫りで、他に引き出しのついた書き物机も窓の近くに揃っていた。
「何も直したくないわ。 この家の雰囲気にぴったり合ってるもの。
 クルミって、磨けば磨くほど艶が出るのよ。 毎日磨いてピカピカにするわね。
 そして窓辺には鉢植えを置きたい。 うちにはいつもゼラニウムがあったの。 ひとつ植えてもいい? あれは花はきれいだけど葉っぱに匂いがあって、嫌う人もいるから」
「嫌いじゃないよ。 いくつでも買うといい」
「挿し枝を分けてもらえるかも。 今の時期なら、挿し木で簡単につくはずよ。 何色にしようかしら。 やっぱり赤がいいかな」
 ロザリーはもう夢中だった。 なつかしい田舎の家を去ってから、自分のものと言える住処は一つもなかった。 それが一夜明けたらこんなかわいらしい家に来て、頼もしく顔もまあまあの優しい夫と住むことになるなんで。
 やっぱりこれは夢じゃないだろうか。 ロザリーは自分のほっぺたをつねりたくてたまらなくなった。







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