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11 着々と準備を



 レイモンが現われてホッとしたのと、人恋しさが重なって、ロザリーは自分から彼の肘に腕をすべりこませた。
「今日は嫌なことばっかり」
「話してごらん。 口に出すと気が休まるよ」
「まず初めに、父さんが消えたの」
 また悔しさが込み上げて、ロザリーは反抗的に口を突き出した。
 レイモンは明らかに驚いた様子で、ロザリーの腕をほどくときゃしゃな体を抱え直し、横に引き寄せた。
「消えたって?」
「そうなの。 やっと賭博に勝てたみたいで、みんなにおごってから舟に乗っちゃったんだって。 浮かれて他所の町で運試ししたくなったのよ」
 打ち明けているうちに心細さがよみがえり、ロザリーの睫毛に大粒の涙が引っかかって、雨に濡れた石畳に落ちていった。
 レイモンは空いた右手で懐からハンカチを出すと、ロザリーの髪についた雨を軽く払い落としてから、彼女に渡した。
「帽子、被ってこなかったのかい?」
 そういえば楽屋の中に忘れてきた。 ロザリーはますますむしゃくしゃした。
「もう取りに戻っても無くなってるでしょうね。 あの楽屋じゃ、ピン一本落としても拾われちゃうのよ」
「買ってあげる」
 こともなげに、レイモンが言った。 ロザリーはあきれて、ぼさっとしたいかにも貧乏そうな学生を見上げた。
「だめよ、今から無駄遣いしちゃ。 私達一緒に住むんでしょう? それとも気が変わった?」
「変わらない」
 レイモンは穏やかに答え、ポケットを探って大きな鍵を出して見せた。
「家を買ったよ。 君に相談しないで悪かったが、いい出物を見つけたから取られないうちに手付金を打ったんだ」
 ロザリーはあんぐり口を開けた。 なんという手回しのよさ。 それにしても……
「家を一軒? 下宿の部屋じゃなく?」
「せっかく結婚するんだから、自分の家がほしいだろう? 小さいけれど庭もついてるし」
 うわっ、庭だって?
 ロザリーは言葉を失った。 庭付きの小さな家──これまでどんなに憧れただろう。 父と放浪した町々で、かわいらしい家に住む人々を何人も見た。 彼女らは自分の洗濯場で洗い物をして、庭の枝にロープを張って乾かしていた。 その足元には野菜が植えられていて、畝の間に花が咲いていることもあった。 昔、母と共に雑草を抜き、せっせと水をやった裏庭のように。
 ロザリーは真剣な眼差しで青年を見上げ、心の底から言った。
「あなたは守護天使の生まれ変わりね。 もし本当に結婚して、その家に住めるなら」
 レイモンは微笑んだ。
「やっと本気になってくれたんだね。 じゃ、明日の午前中に式を挙げよう。 知り合いの神父に無理を言って、特別許可を取ったんだ」
 ロザリーはぐらついて、でこぼこした敷石の角につまずきかけた。 新品の婦人帽子、一軒家、それに結婚特別許可証。 どれも彼女から見たら、高くて手の出ない物ばかりだ。
「ねえ、もしかして、あなたって金持ちなの?」
 レイモンはうつむき、熱のない声で答えた。
「まあ、普通よりはね」







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