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10 去る人来る人
明日の夜、もう一度迎えに行くから、と言って、レイモンは下宿に帰って行った。
それでもロザリーは、まだ疑っていた。 今度こそ彼は来ない。 そもそも、いきなり結婚申し込みなんて、どうかしている。 ワインでほろ酔いになって、気が大きくなっただけなんだから、来なくてもがっかりしないこと、と、自分に言い聞かせた。
その日、昼の支度をしにロザリーがいったん家に戻ったとき、父は戻ってきていなかった。
たまにそういうことがある。 賭けでツキが回って、昼食のためでもテーブルを離れたくないときだ。
だがそう安心もしていられなかった。 最近インチキ賭博師が二人組で町に入り込んで荒稼ぎしているという噂を、午前中に聞いたばかりだ。 父がそういうやつらに引っかかって身ぐるみ剥がれていたら、いやもしかして奴らに殴られていたら! と心配になって、ロザリーはごみごみと不潔な裏通りに出て、父を探し回った。
行きつけの飲み屋を三軒回ったところで、ようやく手がかりを得た。
女給仕の一人が父を見かけていて、教えてくれたのだ。
「あんたの父さん、嬉しそうだったよ。 やっと運が回ってきたんだね。 酒場の知り合いみんなに気前よくカルヴァドス(りんご酒)をおごって、あげくに大声で歌いながら舟に乗るって出ていったよ」
ロザリーは青くなった。 そんな! 父さん一人で旅に出るなんて……。
信じられない思いで船着場に駆けつけたが、そこでも船頭たちの答えは同じだった。 確かについさっき、父のジャコブはふらっとやってきて、川下りの舟に乗ったという。 乗船するとさっそく、乗客を集めて、にぎやかにトランプを始めたそうだ。
──やっと勝ったのね、父さん──
顔をしかめながら、ロザリーは場末の下宿に帰り、怒りにまかせてどすどすと階段を踏み鳴らして屋根裏に行った。
居間兼父の寝室は、天窓からの光を受けて、ぽかぽかと静まり返っていた。 もともと大した荷物は置いていなかったにしても、父は娘が留守の間にちゃんと服や下着を持ち出したらしく、戸棚の中はほぼ空っぽになっていた。 ロザリーが街を探し回っている間に、すれ違いになったらしい。
ロザリーは椅子に腰をおろして疲れた足を揉みながら、一滴だけ涙をこぼした。 大泣きすれば眼が腫れて、これからの仕事に差し支える。 心の中は寂しさで波立っていたが、ロザリーはぐっとこらえて小さな鶏の脚を焼いて食べ、頼まれた劇場用衣装のつくろいを始めた。
夕方から、小雨が降り出した。
考えまいとしても、やはり父に置いてきぼりにされた切なさがつのって、ロザリーは劇場での売上金をちゃんと数えるのを忘れ、その夜はずいぶん集金人にちょろまかされてしまった。
どうせもう一人なんだから、と、自分に言い聞かせて歩き出そうとしたそのとき、建物の角からレイモンが現われて、横に並んだ。
「今日は早くから来て待ってたよ」
そういう彼の髪は細かい雨粒が載って、銀の粉を振りかけたようにきらきらと光っていた。
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