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9 予期せぬ言葉



「で、君は?」
 レイモンは続けて尋ねた。
「どんな未来を夢見ているの?」
 ロザリーは、おいしいフリカッセを小さく切り分けながら、単調に答えた。
「夢は見ないわ。 ただ、このまま父さんと一緒に暮らせるだけ暮らして、その後は雇われ仕事でも見つけるつもり。 ありがたいことに体は丈夫だから」
 その後、レイモンはしばらく口をつぐんでいた。
 二人は黙々と料理を食べ、ワインを飲んだ。 こんなに味のいいワインがあるなんて知らなかった、と、ロザリーは思った。 ふだん買う安物とは比べ物にならない。
 そのワインが残り少なくなったとき、ようやくレイモンがロザリーに語りかけた。
 それは、仰天するような内容の提案だった。
「ロザリー」
「なに?」
「僕たちはもう夫婦同然だ」
 ロザリーの目がテーブルを外れて、床をさまよった。
「まあ、そういえるかもしれないけど」
「そうだよ」
 レイモンの声はきっぱりしていた。
「君は明るくて、いい人だ。 暮らしぶりもきちんとしている。 だから君と僕なら、温かい家庭を築けるんじゃないかと思うんだが」


 家庭?
 そんな言葉が、優しい疲れた目をした不精ひげの青年から出るとは。
 ロザリーは床から目を上げると、向かい合って座っている彼をまじまじと眺めた。
「それって、一緒に住みたいということ?」
「そうだ。 式を挙げた後にね」
 ロザリーの反応は、飛び上がって椅子を倒すことだった。 椅子の脚にからまって、足首に打ち身を負ったが、気付かないほど我を忘れていた。
「式って?」
「結婚式だよ、もちろん」
「もちろんじゃないわよ!」
 ロザリーは彼に詰め寄って、襟元を掴みたい気持ちだった。
「年ごまかしたオレンジ売りと一回寝たぐらいで、ふつう誰が結婚申し込むのよ!」
 レイモンはテーブルに手を着き、大きな笑顔になった。
「その一回が特別だ。 君は初めてだった」
「だからって……」
 急にロザリーの喉が妙な風に苦しくなって、声が途切れた。 レイモンはナプキンを置いて立ち上がり、大男にしては驚くほど素早く食卓を回って、ロザリーの肩を引き寄せた。
「君を抱くときに、もう決めていた。 経験がないというのが本当なら、妻にしたいと。 君は本当に正直なんだね」
 ロザリーは彼の胸で、わけもわからず涙声になっていた。
「私は嘘つきよ。 もう大人なのに十四だって言ってるし、売上金はちょろまかしてるし」
「でも僕には初めから、包み隠さず話してくれた。 生活のために自分をよく見せようとするのと、人を陥れるために嘘をつくのでは、全然ちがう。
 君は正直だよ、かわいい人。 お父さん思いだしね。 お父さんも彼なりに君を大事にしているようだし、話し合えばきっと結婚に賛成してくれるよ」
 頬や額や、顔中に次々と唇を押し当てられながら、ロザリーは小さな子がすねるように呟いた。
「あなたはパカよ。 世間知らずなんだわ」
 その口を力強いキスで封じた後、わずかに顔を離して、レイモンは囁き返した。
「それでも、この世に気の合う人がどんなに少ないか、見つけるのがどんなに大変かってことは、よくわかってるつもりだよ」







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