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7 約束を交わし



 これっきりで去っていくつもりじゃないんだ──ロザリーは信じられない気持ちだった。 レイモン青年は、ロザリーと街を歩こうとしている。 まるで想い合った恋人同士みたいに。
 ロザリーは肘をついて体を起こし、きれいな眼と立派な体を持った若者をまじまじと見つめた。
「付き合いたいの? 私と?」
 ゆったりと横たわったまま、彼は静かに答えた。
「そうだよ、もちろん」
「もちろんなの?」
 ロザリーが首をかしげると、その頬をレイモンの手が包んだ。
「君の誘いを受けたときから、当然そのつもりだったよ」


 なぜ? という問いは、言葉にならなかった。
 責任を取らない父とずっと暮らしてきて、周囲もそんな男ばかりだった。 それが、期待しないでただ好ましかったからという理由だけで、初めての相手に選んだ人が、つながりを持ちたいと言ってくれた。
 夢にも思わなかったことだもの。 何だか、ぼっとなってしまう。
 ロザリーはどうにもうまく答えられず、うつむいてくしゃくしゃになったシーツを意味なく摘まんだ。
 すると、彼が体を伸ばして、キスしてきた。 ロザリーも激しく応え、再び彼の背中を抱きよせて力を込めた。
 熱い息が耳に吹きこまれた。
「明日、会おう」
 そう、明日……
 一日先ぐらいなら現実と思える。 ロザリーは二度うなずき、しなやかな筋肉に包まれた大きな背中を撫でおろした。


 レイモンは、夜に街を散歩するのが好きだと言った。 変わった趣味だ。
 だからこそ、ロザリーを助けることができたにしても。
 それでロザリーは提案した。 明日も歌劇場は幕を開く。 今日と同じぐらいの時間に、楽屋裏へ来てくれれば、一緒に帰れる。
「それはいいね」
 レイモンは承知し、立ち上がってシャツを羽織りながら、もう一度ロザリーにキスした。




 翌日の午前中、ロザリーは下町の洋裁店に行って、お針子を夕方までやった。
 手仕事の好きだった母に教わって、縫い物と編物は得意だ。 それに劇場での稼ぎだけではやっていけない。 だからロザリーは仕事を三つ四つ掛け持ちして、父と二人の食事代と宿賃を何とかひねりだしていた。
 裏表なく熱心に働く彼女を、周囲も信頼していた。 地元のワルも顔なじみで、分け前を払ってやれば手出しはしてこない。 昨夜の襲撃者は一匹狼のろくでなしで、あんなのに出会ったのは運が悪かった。
 いや、そうだろうか。
 ロザリーは考え込んだ。 あの変態がいたから、レイモンと知り合えたのだ。 もしかすると良運だったのかも。
 素早く動かしていた針が止まりそうになった。 ロザリーは慌てて糸を引き、自分をたしなめた。
 夜になるまでわからない。 本当に約束の時間に、彼が出入り口で待っているなんて、むやみに期待しちゃいけないんだ。







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