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4 初めて部屋に



 男はロザリーの驚きを別の意味に取ったらしい。 軽く眉を寄せて説明にかかった。
「びっくりしないでくれ。 こんなむさくるしい格好だが、中身は悪くないんだ」
「わかってるわよ。  あなた私を助けてくれたじゃない」
 普通に答えようとしたが、ロザリーの声音はどうしてもぎこちなくなった。 口が妙に乾く。 喉まで狭まってきた。
「こんなに寒いから、中に入ってあっためたワインでもどう?」
 男は目をぱちぱちさせた。
「ありがとう。 でも迷惑だろう?」
 とんでもない、と、ロザリーは危うく言いそうになって、咳でごまかした。
「いいのよ。 屋根裏部屋なんで上がるの大変だけど」
「慣れてるよ、僕は三階だから」
 この言い方なら、彼は来たいんだ──ロザリーは胸がわくわくした。 生まれて初めて、体が期待にうずいた。


 この時間だと、父さんはまだ帰ってこないはず。 狭い部屋だが二人だけで使える。
 鍵を開け、明かりをかざして磨りへった階段を先に立って上がりながら、ロザリーの鼓動はどんどん早まっていった。
 今まで、男と名のつく者を家へ呼んだことはない。 ずっと未熟な子供のふりをしていたのも、異性とかかわりたくない気持ちがどこかにあったからだった。
 父からはいつも、魅力を安売りするんじゃないぞ、と言い聞かされてきた。 そういう父本人が一番母を苦しめたのに、都合よく忘れているようだ。
 あちこち渡り歩いて、それなりに男ぶりのいい若者を見た。 育ちのいい坊ちゃんに見初められたこともある。 だが誰も、ロザリーの心に入り込むことはなかった。
 今夜までは。


 自室の小さな扉の前に立って、ロザリーは自分にいい聞かせた。
──もう、いいじゃない。 いつまでも子供のふりをして働くことはできないんだから。 最初の男は、自分で選んだ人がいい。 この人は大柄だけど、優しそうだ。 辛い思い出にはならないだろう──
 一度目を閉じ、そっと胸に手を当ててから、ロザリーは振り返って男に微笑みかけた。
「ここよ。 狭いからびっくりしないで」
「しないよ」
 男は静かに答えた。


 部屋の中は、ロザリーが出かけたときのままだった。 粗末な室内ながら、できるたけきちんと掃除して、片付けてある。 父が一度戻ってきていれば、もっと散らかしているはずだ。
 いちおう小さい居間と奥の寝室に分かれているものの、二人暮しなので、居間にもう一つベッドを置いて、父が使っていた。
 ロザリーは窓近くにあるテーブルに男を座らせ、小さなコンロで酒を温めた。
 彼は壁にかけた刺繍の額を眺め、それからベッドの脇に敷いた裂き布織の敷物に視線を走らせた。
「君が作ったの?」
 棚からカップを下ろしていたロザリーは、その問いに振り返った。 男はまず額を、それからマットを指差してみせた。
「刺繍は母が刺したの。 敷物は私」
 男は立ち上がって、ロザリーを手伝いながら訊いた。
「お母さんと一緒?」
「ううん、母は亡くなったわ」
 ワインをついだカップをテーブルに運んだ後、男は二歩で戻ってきて、ロザリーの肩を抱いた。 強引ではなく、慰めるように、そっと。
「気の毒だったね」
「ええ、ほんとにそう」
 ロザリーは溜息をつき、男に軽く寄りかかった。
「田舎の畑で働きづめに働いて、疲れきって早死にしたの。 父はその後、ふらっと帰ってきたわ」
「傍にいなかったのか?」
「ええ、長い間。 出稼ぎに行ってると母は言ってた。 でも、本当はただ流れ歩いていただけ」
 男の腕に力がこもった。  子供のようにあやされて、ロザリーは長く忘れていた涙が目にあふれてくるのを感じた。







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