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3 救い主の容姿



 倒れた襲撃者と、すっくと立った救い主。
 いや、まだわからない、と、ロザリーは気を引き締めた。 二つの影は、同じ目的で現われたのかもしれないのだ。 つまり、ロザリーを襲って自分のものにしようという悪のたくらみで。
 救い主の影は、ゆったりと身をかがめ、まだ点いたまま道端に転がっていた牛目燈を拾い上げた。
 だが、じかに光をロザリーに当てて眩しがらせたりはせず、道を照らすように持ち替えてから、すっと彼女に渡した。
「子供がこんな時間に、何をしているんだい?」
 きれいな声だった。 それに若々しい。 話し方も上品だった。
 ロザリーは反射的に、棒を握ったままの手で服を撫でつけた。 きちんとしてみせたかった。
 そこで、相手が低く笑い出した。
「おや、ちゃんと武器を用意してたんだね」
 甘やかすような口調に、ロザリーはむっとなった。
「子供扱いしないで。 もう十九よ」
 この人には大人に見られたい、と無性に思った。 そんなことはこれまで一度もなかったのに。
 ところが、相手は信じなかった。
「無理に背伸びしなくたっていいよ、おちびさん。 十五か、せいぜい十六ぐらいか?」
「だから十九!」
 力んで言った後で、まずいのに気がついて、声が低くなった。
「でも十四ってことにしてるの。 ばらさないでね」
 相手はプッと噴き出した。


 まだぶっそうだから家まで送っていこう、と言われたとき、ロザリーは断らなかった。 並んで歩きながら、手に持った明かりで男の顔を見たくてたまらなかったが、声ほど顔がいいわけがないと思い、謎のままにしておくことにした。
「強いのね。 あんな倒し方、初めて見たわ」
「陸軍で諜報員をしてたから。 暗闇で敵の見張りを倒すときのやり方なんだ」
「あいつ死んだ?」
「いや、血に飢えたお嬢さん。 気絶しただけだ。 二時間も目が覚めなければ凍死するかもしれないが」
「したって構わないわよ」
 ロザリーは口の中でつぶやき、また男の笑い声を聞いた。 低くて、心に直接響くような温かみのある声だった。
 下宿までの道は短すぎた。 もうちょっと遠くだと言ってしまおうか、とロザリーは本気で考えたが、実行できず、しぶしぶ傾いた玄関の前で立ち止まった。
「ここに泊まってるの」
「そう。 じゃ気をつけて」
 男はあっさり向きを変えた。 不意に焦りが生まれ、ロザリーは彼の後姿に急いで声をかけた。
「ありがとう。 私はロザリー。 あなたは?」
 彼は立ち止まって振り向いた。
 背が高く、額の半ばまでが辛うじて光の輪に入った。
 ロザリーはたじたじと後ろに下がり、扉に背中がくっついてしまった。
「あなた……だれ?」
 彼は長めの金髪が乱れ、顔の下半分は無精ひげで埋まりかけていた。 その上、無造作に一結びしたレンガ色のクラバットはよれよれで、藍色の眼は世の中に飽きはてたように疲れていた。
──この人は軍隊を辞めて、収入も夢も失ったんだろうか──
 そういう軍人は巷にたくさんいた。 この投げやりな表情、だらしない身なりは、さまざまな土地を流れ歩いたロザリーには見慣れたものだった。
 だが、今まで見た退役軍人には、こんな魅力的な雰囲気はついてこなかった。 ひげのせいで顔立ちはよくわからないにもかかわらず、彼は美しい眼と上質な声だけで、ロザリーの心を鷲づかみにした。







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