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1 これまでの事
「おまえは小柄で子供っぽく見えるから、じゅうぶん十五で通るさ」
それが父の口癖だった。
そう言いながらも、娘の顔を見る時間を惜しんで、父の血走った眼はテーブルのさいころを追い、指は鉤のように曲がって、積み重なった硬貨の山をいつでも引き寄せられるように準備おこたりなかった。
母と死に別れ、葬式が済んで五日目にふっと現われた父に引き取られて以来、ロザリーはほぼ毎日、そんな父の姿を見せられてきた。
勝つときもある。 放っておけば、ほとんどいつも勝ってしまうだろう。 あからさまなインチキを、勝負相手に見破られなければの話だが。
父のジャコブ・ボルデは、おとなしいカモにも、やり手の賭博師にもなれない、中途半端な落ちぶれ者の賭け事師なのだ。
ロザリーは、そんな父をどうしたらいいかわからないでいた。
嫌な人間なら、ずっと前に置き去りにして逃げていたかもしれない。 でも父には奇妙な魅力があった。 いつも上の空だが、たまに儲かったときには気前よくご馳走してくれるし、古着のドレスを買ってくれたりする。 劇場でオレンジやボンボンを売る娘にたかって、わずかな稼ぎを巻き上げることはあっても、他の酔っ払いの父親のように暴力をふるうことはまったくなかった。
父と母は、まがりなりにも正式に結婚したらしい。 ロザリーが育った煤けた農家の壁には、粗末な額に入った結婚証明書らしきものが飾ってあった。 形見の一つとして今でも大事に持っているが、書かれている内容はよくわからない。 その理由は、ロザリーも母も字が読めなかったからだ。
「お父さんは学があるのよ」
と、母のベルトはよく娘に自慢した。
「神父様になるはずだったんだから。 でも神学校を途中で辞めてから運が悪くなってね。 今は遠くへ出稼ぎに行ってるわ。 そのうちお金を袋一杯貯めて、ラバか馬に乗って帰ってくるのよ。 そうしたら私もおまえも絹の服を着て、真っ白な房のついたパラソルを差して、奥様、お嬢様と呼ばれる身分になるんだわ」
六歳になったころには、もうロザリーも母の話が夢にすぎなくて、父が大金を持って帰ってくる日は来ないだろうと気付いていた。
それでも、実家の離れに間借りして細々と畑を耕す母の支えが、思い出だけなのがわかっているから、わざわざその夢を壊すようなことは口にしなかった。
実際、父がどんな姿にしろ戻ってきたのは驚きだった。 妻子のことなんか、とっくに忘れ果てていると思われていたのだ。
少なくとも、ジャコブは一人娘のことだけは覚えていたらしい。 突然の脳出血で亡くなった妻の粗末な墓にお参りして、ちょっと鼻をすすった後、ロザリーに荷物をまとめるように言い、さっさと村を出た。
別れ際に、ベルトの兄のグザヴィエ・ビゴーが、仏頂面のまま義理の弟に包みを渡した。
これで縁切りだ、という言葉を耳にして、たぶんお金が入っているんだな、と、十三になっていたロザリーは見当をつけた。
ぶっきらぼうだが親切なグザヴィエが幾ら手切れ金を渡したにしろ、あっという間になくなった。
それから五年半、よく生き延びてきたと思う。 たいていは貧乏で、宿賃が払えずに二階の窓からこっそり這い下りて逃げたことさえあった。
初め、ジャコブは娘をサクラにしようと考えていた。 勝負相手の横や後ろにさりげなく行かせて、持ち札を見てこっそり教えさせる役目だ。
しかし、うまくいかなかった。 ロザリーにできなかったわけではない。 決められた合図のとおり、指をそっと立てたり、まばたきの数で教えようとした。
その合図を利用できなかったのは、ジャコブのほうだった。 好き嫌いが多く、しかもきちんと食事を取らないせいで、彼は栄養失調になっていたようで、安酒場や場末の賭博場のよどんだ空気の中では、ろくすっぽ人の顔さえ見分けられなかったのだ。
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