表紙

 空の魔法 97 未来の希望



 絵麻があったかい気持ちで家に帰ると、家族専用エレベーターからぞろぞろ人が降りてくるところだった。 彼らは改装工事の人たちで、元の祖父の住処を新婚家庭用に手直ししていた。
「あ、こんにちは」
「お帰りなさい」
 彼らはにこにこしながら挨拶をしていく。 絵麻も笑顔になって頭を下げた。
「お疲れ様です」
 改装の相談は、素子が主になってやっている。 絵麻の大きな花嫁道具はとっくに揃え、最近ひまだったため、素子は未来の新夫婦の望みと夫の忠告をうまく取り入れて、張り切って現場監督と調整していた。
 素子なら絵麻の好みをよく知っているから、任せて大丈夫だった。 泰河は今のところ『欧州』区域で前のとおり暮らしていて、何の不自由もなく、たまに改装を覗きに来るぐらいだった。 仕事が忙しい上に、最初に未来の義父母ときっちり話し合って満足したので、後は絵麻たちに任せる気でいるらしい。 泰河が望んだのは、寝室を広くして半分を和室に作り変え、子供ができたら皆で川の字になれるようにすることと、大きくなくていいから防音の部屋を一つ作ることだけだった。
「友達の店でドラムやってたんだ。 家でも練習できたらいいなって。 それにカラオケルームにも使えるだろ?」
 それはいい、子供が楽器を習いたくなったときにも気兼ねなく練習できるし、と絵麻も思い、祖父が書斎にしていた大きな部屋を仕切って、図書室と防音室、それに備品室に作りかえるのに賛成した。
 ついでに、客室の『大和』と『欧州』も、水周りだけ最新式に直すことにした。 これで楽に遠くの友達を呼べる。いつか加奈さんに来てもらえたらな、というのが、絵麻の密かな願いだった。
 絵麻が一番直してほしかったのは、もちろん奥の冷凍庫の置かれている食品倉庫だった。 そこは壁を取り払われて、『大和』へ行く通路になった。 まだきれいなままの巨大冷凍庫が運び出されたとき、夏瀬一族はようやく胸をなでおろした。


  絵麻たちの挙式の少し前に、初美がひっそりと結婚した。 どちらも再婚だし、新居を建てるのにお金がかかったし、なにしろ初美がにぎやかなことが苦手なため、区役所へ二人で書類を出しに行くだけという、これ以上ない地味婚になった。
 それで素子が提案した。
「じゃ、うちでささやかに食事会だけさせて。 ごちそう作るから」
 これなら初美もうれしい。 大学時代からの友達を二人だけ招いて、大伴も会社の部下を二人招待して、総勢十一人の穏やかなパーティーは大成功だった。
 文哉も当然出席した。 あの暗い夏から七年近くが過ぎ、幼かった文哉も今年で中学生になった。 そして、加奈がファンになるほど美形の少年になりつつある。 丸顔の大伴にはそれほど顔立ちが似ていなかったが、歌手をやっている彼の弟にどんどん似てきていて、そのうち間違えてファンレターが来るんじゃないか、と大伴が冗談を言うほどだった。
 文哉はすでに、大伴が実の父だと知らされていた。 そういうのは隠しておかないほうがいいんだと泰河が言い、何年も前に、誰の許可も受けずに話してしまったのだ。 話した場所は屋上で、そこには絵麻もいて、はらはらしながら聞いていた。
 ベンチにきちんと腰掛けて、文哉は睫毛を伏せ、じっとしたまま聞いていた。
「文哉のいいお父さんになるからって言って、檜蔵人は初美さんと結婚したんだ。 でも約束を守らなかった。 大伴さんはちがう。 お母さんが大事だから外国から戻ってきた。 で、文哉がいるって知って、すごく喜んでる」
 それは事実だった。 彼と前の奥さんとの仲が急激に冷えたのは、本当には愛していなかったというのもあるが、彼女が子供を望まなかったというのが大きかった。 その人は中堅企業の社長夫人として、カナダで華やかな社交生活を送りたかったのだ。
「大伴さんは文哉をいじめない。 初美さんと文哉を守ってくれる。 だから文哉も、大伴さんを守れ」
 これは意外な言葉だったらしい。 文哉は大きく見開いた目を上げて、これまで唯一の頼りだった兄を見上げた。
「僕が?」
「そうだ」
 泰河はきっぱりと言った。
「絵麻を見ろよ。 オレよりずっとチビだし、体重も軽い。 でもずっとオレを守ってくれてたんだぞ」
 文哉は自信なさそうに絵麻を見て、まぶしそうに目をぱちぱちさせた。
「どうやって?」
「文哉と同じことして。 文哉、いつもオレの味方だろ?」
 とたんに文哉は力を入れた顔になり、大きくうなずいた。
「うん!」
「味方は大切なんだ。 ゲームだって味方が多いと強い。 そうだろ?」
「うん!」
「だから文哉は大伴さんの味方になるんだ」
「……それでいいの?」
「そうだ。 簡単だろう? 文哉には新しい味方ができたんだ。 だから文哉も大伴さんの味方になる。 仲間が強くなる」
「ゲームに勝てる」
 絵麻もつい、仲間に入ってしまった。 文哉はまだ少し途方にくれた顔をしていたものの、尊敬する二人が熱をこめて言うので、だんだんその気になった。
「うん、味方になるよ」


 彼がどんな風に大伴の味方になったか、くわしいことはわからない。 とにかく、たまに初美が冗談半分に愚痴をこぼすほど仲良くなったのは事実だ。
「私がお父さんの靴下くさいね〜って言ったら、そんなでもないよって言うの。 前はいつも、私の言うことにうんうんって言ってくれたのに。 それに私の知らないことを二人で話し合ってるのよ。 ヘラクレス何とかいう虫の話とか。 私に教えないとつねっちゃうって、大伴に言うんだけどね」
 まあ幸せそうで何よりだ。 すっかり気持ちがくつろいだ初美は、大伴相手だと昔の甘えん坊に戻ることがあるらしい。
 きれいな顔をして、さっささっさと見事に食事を平らげていく文哉を見るともなく眺めていると、彼が気づいて顔を上げ、絵麻ににやっとしてみせた。 絵麻も鼻に皺を寄せて笑顔を返した。
 そのとき、ワッと笑いが起きたのでその方角を見ると、泰河が大きな熊のぬいぐるみを二つ持ち出してきていた。 クリーム色のかわいい熊の片方には華やかなウェディングドレスが、もう片方には気取った縞模様ズボンの燕尾服が着せられていた。
「さあ、記念撮影の時間ですよ。 花嫁花婿さんはもう食べ終わったようだから、どうぞこちらへ」
「すげぇ。 わざわざ僕たちのために作ってくれたの?」
 シャンペンの入った大伴はすっかり喜んで、にこにこしながら花嫁に手を差し伸べた。 初美も照れくさそうにしながら立ち上がり、泰河の横を通るときに腕をポンと軽く叩いた。 昇が音響効果のいいプレーヤーでメンデルスゾーンの結婚行進曲をかけ、盛大な拍手の中、それぞれが着飾った熊のぬいぐるみを抱いて、二人の記念撮影が行われた。
 それだけではなかった。 皆が渡されたクラッカーを鳴らしていると、今度は昇が大きな白い箱を持ってきて、二人に渡した。
「余興だけで終わりじゃないよ。 二人とも長いこと待ったんだ。 今度こそすばらしい人生の門出を祝福して、われわれ夫婦からの心ばかりの祝いを受け取ってほしい」
 その場で開けるようにうながされて、二人は頬を染めながら箱を開いた。 初美の箱から出てきたのは、すばらしい浮き織りの絹の生地で、大伴のは見事な紋付の羽織袴だった。
「その絹は特殊加工で皺にならないの。 初美さんの好きなベージュにしたから、ドレスでも何でもお好きなものにしてください。 お仕立券つきなので」
 素子が優しく言葉を添えた。 二人は恐縮して立派な品を見つめていた。
「結婚祝いはもういただいたのに」
「これは式の代わり、と言ったら言いすぎだけど、兄としての勤めを少しでも果たしたくて」
 そう昇が言い、一同は再び乾杯した。 世の一般的な披露宴とはいろいろ違うかもしれないが、絵麻にはじ〜んと来た。 そして、相当盛大なものになりそうな自分たちの式を思い、途中で疲れたときは、自分がどんなに幸せか思い返して乗りきろうと思った。
 大規模な式は泰河のためだった。 夏瀬グループが総力で彼を応援し、背中を押していることを、他の企業や社会に認めさせるためだ。 この世にはそういう『祭』が必要なのだと、絵麻にはよくわかっていた。
 でもその祭が終わったら、私たちは普通に生きる。 きっと地味な夫婦になるだろう。 未来に何が待っているかわからないが、臨機応変に二人で相談して乗りきっていこう。 幸い、泰河は調子に乗るタイプではない。 私もたぶん違う。 がんこオヤジとのんびりオバさんの組み合わせになるのかな。 そんなことまで考えている自分に、絵麻はくすっと笑ってしまった。
 ふと気がつくと、泰河が後ろに来て、絵麻に熊を押し付けていた。
「ついでだから、オレたちも写真撮るか? 熊、使いまわしだけど」
 絵麻は軽い動作で立ち上がった。
「いいよ。 記念になる」
 カメラを持っているのは文哉だった。 彼はうっとりするようなかわいい口元で微笑み、泰河と絵麻をフレームに入れて、澄んだ声で呼びかけた。
「撮りま〜す、ハイッ」
そのとき、相談しないのに、二人は同時に頭を持たせかけ、重ねるような姿勢を取っていた。 文哉が上等な一眼レフのシャッターを入れた後で、さらっと言った。
「ほんと、気が合いすぎ」
 それからのんびりと続けた。
「うらやましいよ、お兄ちゃん」
 泰河は偉そうに手を振ると、確信を持って言った。
「心配するな。 必ず見つかるって、文哉にも」









【完】













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