表紙

 空の魔法 96 心の繋がり



 加奈が子供を引き取りに行った帰り、この公園でおやつをつまみながら小一時間話す、というのが、半分血のつながった姉妹の習慣になっていた。 天気が悪い日は、近くにある『NIAN2』という猫カフェへ入り込む。 二人とも動物が好きなのだが、加奈の夫は結婚前から猫嫌いの犬を飼っていたし、絵麻の家では素子が子供のころぜんそくをわずらっていたため、再発を恐れる昇の許可が出なくて飼えなかった。
 それに猫カフェでお茶するなら、ナツセ・ビルのレストランや喫茶室のオーナーたちも、なんでウチへ来ないの、と文句を言わない。 ビルでは動物の飼育禁止だからだ。 絵麻は昔からの仲間たちにけっこう気を遣っていた。
「今年は雨が多かったね」
「そうそう。 ここで壮太を放牧できるの久しぶりだもんね」
 そこで一拍置いて、絵麻がぽつりと訊いた。
「やっぱり式には来てもらえない?」
 すべり台で遊び仲間と横に並んで、ぎちぎちですべり降りようとしている息子に目をやりながら、加奈はやさしく答えた。
「うん、行きたいけどやっぱり無理。 私たちの式にも呼べなかったしね」
「ちゃんと写真くれたじゃない?」
「絵麻ちゃんのも貰うよ」
「もちろん」
 そこで加奈は吹き出すように小さく笑った。
「私たちって変だね。 なんで仲いいんだろ」
 いつものように、絵麻はまじめに考えた。
「気が合うし、何でも話せるから。 お互い秘密ないでしょう?」
「ほんとそうだ」
 加奈は驚いたように言った。
 闇に隠された蔵人の死について、加奈親子は初め、昇が人を使って始末したのだと思っていて、泰河にもそう言った。 泰河はあわてて口止めしようとしたが、母と娘はあっけらかんと、悪い人間は罰を受けて当然、と答えたという。
 二人が夏瀬家のスキャンダルを漏らす心配はまったくなかった。 これまで加奈の父親が誰かについて、初めから事情を知っている伊坂夫妻以外には一言も話していないほど、二人の口は固い。 母子は二人とも、昇を心から大切に思っていた。
 だから泰河は昇と相談の上、真実を打ち明けた。 すると涙もろい二人は文哉に同情して泣きむせんだ後、信用されたことに感激して、すっかり文哉びいきになってしまった。
 そして絵麻も加奈を信じた。 今でも信じている。 これは単なる学校友達などとは違う、脈々とした血の流れの感覚かもしれなかった。
 楽しそうに遊ぶ壮太を眺めているうちに、日差しがかげってきた。 気づいた加奈がスマホをチラ見して声を上げた。
「うわっ、もうこんな時間?」
 姉妹はあわてて立ち上がり、ばたばたと手荷物をまとめた。 そして、壮太の遊び友達の名前を聞いて家まで送り届け、また遊ぼうねと約束して駅へ向かった。


 次に会うのは一週間後だ。 絵麻がまだ定期を持っているので、見送りに駅へ入り、電車が来るぎりぎりまで話を続けた。
「大伴さんの新しい家、もう建った?」
「少し伸びてるらしい。 やっぱり雨のせいで」
「初美さんもやっと独立する決心ついたんだね」
「ずっとしょげてたけどね。 私たちもちょっと寂しくなる。 文哉ちゃんも行っちゃうし」
 ため息をついてから、絵麻は思い出し笑いをした。
「でも今度こそ、大伴さん決心つけて来たんだから。 結局二年かかったけどね」
「離婚するの大変だったんでしょう?」
「そうだって。 相手の人より、相手の親が金目当てで」
「うわー」
「もう二度と、ヤケで結婚なんかしないって言ってた」
「子供がいなくてよかったね」
「ああ、子供も養育費も取られそうでね。 で、大伴さんのプロポーズの切り札が、君の子のいい父親になる! って」
「うわー」
 加奈はもう一度言って、目を糸のようにして笑った。
「文哉ちゃんが実の子だとわかって、何て言ってた?」
「最初は固まってたらしい。 それからボードの写真を見て、笑顔が弟の小さいときそっくりだって」
「ああ、そういうことあるよね〜」
「頭下げて謝ったんだって」
「大伴さんが?」
「そう」
 二人はしんみりした。 壮太はさすがに疲れて、ベンチで絵麻のほうによりかかって眠りこけていた。
 未婚の叔母さんにかわいがられている息子を眺め、加奈はゆっくりと言った。
「この子が生まれてから、すごく思うようになった。 もしこの子が虐待されたら、相手をぜったい許さない。 文哉ちゃんみたいにわからないようにいじめられてたら、ばれた時点で殺してしまうかもしれないって。
「初美さんだって悔しかったと思うよ。 それでよけいに自信なくしちゃった」
「苦労知らずだからね」
 うっかりそう言ってしまって、加奈はあわてて言い足した。
「絵麻ちゃんのことじゃないよ」
 絵麻は微笑して首を振った。
「私も同じかも。 これから苦労する運命かな」
「何言ってるの」
 加奈はあきれて首を振った。
「あの泰河が、絵麻ちゃんに苦労させると思う? そんなこと言ってると怒られるよ」
 それから加奈は考え込んだ。
「いや、怒れないか。 いつか絵麻ちゃんが泰河のズボン引っぱって座らせてたでしょう? あれを見て感心しちゃったんだから。 あんなことできるの、世界で絵麻ちゃんだけだよ」
「そう?」
 絵麻は目を丸くした。 加奈は苦笑して、ようやく入ってきた目的の電車に乗ろうと、壮太を抱き上げて立ち上がった。
「母さんのことでこっちに出てきたとき、私をガンガンどなってたの見てたじゃない? あれが普通。 頼りになるけど、おっかないの。 相手が女でも容赦なし」
 絵麻は荷物を持って後に続き、電車に乗り込んだ加奈に渡した。 なんだか不思議な気持ちだった。
「知らなかった」
 そのとき、目覚めた壮太を下ろして荷物を受け取った加奈の手が、絵麻の頬に触れた。 暖かくて優しい手触りだった。
「絵麻ちゃんは観音様みたいだからね。 ずっとそのままでいてね」
 そして、絵麻が口を開く前に電車の扉が閉まった。 絵麻が気を取り直して手を振ると、加奈と壮太も振り返した。 それから壮太が背伸びしてガラスに顔をくっつけ、寄り目をしてブタっ鼻を作ったため、絵麻は思わず吹いた。
 







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