表紙

 空の魔法 69 急がないと



 週末は会わないことにしようと、絵麻は泰河と打ち合わせた。 明日から三日間顔を合わせられないのは辛い。 だがその間に泰河が計画を練り、あちこちにいるいろんな知り合いから情報を集めて逃げる準備をするのだから、ずっと一緒にいるための布石とも言えた。
「遺産がこんな形で役に立つとはな。 あの金、もともとは社長のもんだろうに」
 たぶんそうだ。 蔵人おじさんが加奈さんのお母さんのことでお父さんをゆすったお金の残りなんだろう。 そう思っても、絵麻の決心はゆるがなかった。
「遠くへ行く?」
「そう見せかけて、こっちに残るのがいいと思う。 東京はごちゃごちゃしていて広いから、隠れ場はいくらもある」
「そうだね」
 絵麻は泰河を全面的に信用し、頼っていた。 彼がそう言うなら、正しいやり方なのだ。
「私も調べる。 二人で暮らすのに必要な物」
 まるで新婚さんだ。 絵麻は頬が熱くなり、暗がりでよかったと思った。 まるで、じゃなく、まさに新婚さんと同じ状態になるのだから。
「誰にも感づかれないようにしてな」
「もちろん。 なんかわくわくする」
「珍しいな、絵麻でもそんなになるのか」
「泰河は?」
「オレ?」
 声が不意にくぐもった。
「ワクテカだったさ、考えるたびに」
「しょっちゅう考えてたの?」
「ここんところ毎日」
 絵麻は思わず笑顔になり、握り合っていた手を軽くつねった。
「妄想好き」
「いちおう男だから」
「じゃ、月曜に電話してね」
「ああ、何時がいい?」
「部活があって、その後だから、五時半ごろ」
「五時半だな」
 確認した後、泰河は両手で絵麻の手を包み込み、ゆっくりと尋ねた。
「全部置いてくんだぞ。 覚悟できてる?」
 空には月がなく、近くにいる泰河は黒っぽい影にしか見えない。 すべてがぼんやりとしていて、世界の片隅に二人きりでたたずんでいるような、妙に現実感のない気分だったが、絵麻は確信を持って、一言だけ答えた。
「できてる」


 自分の部屋に戻り、学習用の椅子に腰を下ろしたとたん、心臓が不規則に高鳴り出した。 絵麻はレポート用紙を棚から取って広げ、早くも未来を設計しはじめた。
「要るのは、冷蔵庫とレンジと、フライパンとお鍋。 炊飯器も外せないな。 掃除機もほしい。 ちっちゃなのでいいから」
 普段は独り言をほとんど言わないのに、リストを作りながら小さな声が出てしまう。 やはり興奮しているらしい。
 絵麻には自然に覚悟ができていた。 駆け落ちとなったら、できるだけ早く逃げ出したほうがいい。 ぐずぐずすればするほど、ばれる危険が大きくなる。







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