表紙

 空の魔法 34 夢は叶うか



 泰河の二次試験の日は雨だった。 絵麻は三日前に、泰河のために湯島天神に出かけて合格祈願して、お札をもらってきた。 それだけでは満足できず、自分でデニムの袋を手作りしてお守りを入れ、困り顔の泰河のバッグにぶら下げた。
「これならお守りってわからないよ。 地味にしたから」
「一目でわかるって」
 泰河が笑いそうになりながら言った。
「持ち手に提げてたら、それっきゃないだろう」
「じゃ中に入れて」
 絵麻はガンとして譲らなかった。 泰河がゲンをかつがないのは知っている。 だが、これだけは持っていてほしかった。
「今日は基礎問のテストなんだから、運はあまり関係ないんだよ」
「それでも神様がいれば落ち着くって」
「絵麻がいて因数分解教えてくれたほうがありがたいな」
 そう冗談を言うと、泰河はちらっと防犯カメラを見上げた後、すばやく身をかがめて絵麻にキスした。 そしてショルダーバッグを揺らしながらエレベーターまで走り、箱を呼んで、振り向かずに乗り込んだ。


 その日は部活があった。 いつもは楽しむ絵麻だが、もうすっかり上の空で、グラニュー糖の代わりに小麦粉をボウルに投入しそうになって、やっと回ってきた調理係を外されてしまった。
 それでも今日に限り、かまわなかった。 泰河の入試が気になりすぎて、お菓子どころではなかったのだ。 受験生を持つ母の気持ちはこういうものか。 絵麻は将来の自分を思い浮かべて、せつないような気分になった。
 電話連絡は初めから期待していなかった。 あの泰河が、いちいち今日の出来はよかっただのまずかっただの、報告してくるわけがない。 だからといって自分だけ呑気に遊ぶこともできず、絵麻は友達の誘いを断って、さっさと家路に着いた。


 翌日の日没後にようやく会えた泰河は、さっぱりしたものだった。
「わかんない。 予測がつかない。 計算間違いだけはしないように気をつけた」
「時間なくて書けなかったの、何問あった?」
 泰河は柵越しに握っていた絵麻の手を開いて、縦長の丸を指で書いた。 絵麻は目を見張った。
「全部書いた?」
「一応は。 埋めたってだけかもな」
「すごいよ」
「なんで」
「だいたい、時間足りなくなるように問題作ってるじゃない?」
「きのうはオレ、ギンギンだったから」
 そう言って、泰河は笑った。
「栄養剤一本飲んでった」
「頭、冴えた?」
「頭はどうか知らんけど、目は冴えた。 いつもバイト疲れのときに飲むやつで」
 これはもしかすると、いや、もしかしなくても泰河は受かってるかも。
 そのとき、絵麻はそんな予感がした。


 絵麻の勘は当たった。 泰河が次の推薦入学試験を受け、面接も終え、早春の本格受験のための仕上げ勉強にかかっていた十二月後半、一階の家族用メールボックスに、分厚い封筒が届いた。
 冬休みになったばかりの寒い朝だった。 母は絵麻とクリスマスの買い物に行くのを楽しみにしていて、途中で父と合流して一時ごろに外食しようという話になっていた。 何を着ていこうか、と、絵麻が自分の部屋で迷っていたとき、泰河から携帯にメールが来た。 すぐ開いた絵麻は、口に手を当て、まばたきを忘れて携帯の画面に見入った。
『受かった〜〜!!』
 ただ一言をじっと見つめているうちに、画面がにじんできた。 泰河は初戦に勝利したのだ。 それも一番きびしい、初めはほぼ不可能と思われていた最大の戦いに。
「すごいね」
 絵麻はただ、涙声で呟くしかなかった。
「ほんとすごい。 神がかりだ」
 ぼうっとベッドに座り込んだ後、絵麻は火がついたように立ち上がり、指が熱くなるほどの勢いで、祝いの言葉を打ち込みはじめた。







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