表紙

 空の魔法 12 突然の改造



 それから二日間、絵麻は不安な気持ちに包まれていた。 絵麻の通う私立の名門高校では、初夏の一大イベントのバレーボール大会が間近で、打ち合わせや練習に時間を取られていたし、泰河は泰河でいろいろ忙しいらしく、廊下や屋上でまったく会うことができなかったのだ。
 といって、緊急事態ではないのに電話をかけるわけにもいかなかった。 泰河はバイトを掛け持ちしていて、携帯はできるだけ空けておく必要があった。 

 木曜日の夕方になって、ようやく絵麻は久しぶりに泰河の姿を見つけた。 朝から雨が降り続いている暗い日で、まだ四時だというのに通路にはもうライトがついていた。 その日の午前中に業者が運んできたというアナナスの鉢に、学校から戻ってきたときには気づかなかった絵麻が、母から話を聞いて好奇心で玄関から出てきて、ちょうどエレベーターを降りるところだった泰河に気づいた。
「泰河! 今帰ってきた?」
 うつむき加減で何か考えていた泰河は、明るい声に引き寄せられるように顔を上げ、まばたきした。
「そうだけど、どうかした?」
 絵麻はピョンと泰河に駆け寄り、ニパッと笑いかけた。
「しばらく会えなかったな〜と思って」
 泰河は、絵麻の一番好きな表情をした。 口元をちょっとゆるめて、少し目を伏せる。 すると、長くて扇状に広がった睫毛が下瞼に影を落として、どちらかというと荒削りな顔立ちが思いがけず優雅に見えるのだった。
「しばらくって、たった二日間だろ」
 絵麻はますます嬉しくなった。 泰河も会えなかった時間を正確に覚えている。 思わず手をポケットに入れた筋肉質の腕に抱きつこうとして、ひょいとよけられた。
「だめ。 誰か見てるかもしんない」
 絵麻はきょとんとした。 親戚同士の二家族しかいない最上階で、しかも片っぽの親達は出かけてばかりいるのに、いったい誰が目を光らせているというのか。
 すっと歩き出す前に、泰河は息だけで囁いていった。
「おじさんが警備のカメラ入れるんだってよ。 もう入れたかも」
「ここに?」
 絵麻も回れ右して、早足で泰河の後についていった。
「なんで急に?」
 自宅の玄関前にたどりつくと、泰河は鍵を取り出しながらぼそっと答えた。
「あのことのせいだよ。 キモい悲鳴が聞こえたろ?」
 ああ…… ── 蒸し暑かったにもかかわらず、絵麻はぞっと寒気がして、思わず両腕で自分の体を抱いた。
「ほんと、あれはキモかった」
「エレベーターだって、ここ専用ってことになってるけど、他のやつも乗れるしさ」
「うん、このビル、もう古いからね。 設備も旧式」
「だからエレベーターもこの階の人だけが乗れるように改造するらしい」
 絵麻は驚いて、まじまじと泰河を見つめた。
「お父さん、そんなこと言ってた? 私達知らないよ」
 泰河はまた目を伏せ、睫毛の影が頬まで伸びた。
「おれに言ったんじゃないよ。 初美さんと話してたんだ」







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