表紙

  公園にて 6


 スタッフに見つかった井上さんは、ロケを見物していた一般人にも発見されてしまい、若い娘二人連れにサインをせがまれる羽目になった。
「僕もうタレントじゃないんで」
「お願いします! 『銅色(あかがねいろ)の夕暮れ』見てめちゃめちゃファンになったんです。 サイン大切にしますから! 玄関の正面に飾りますから!」
 そう言いながら娘があわてて取り出したのがシステム手帳の中紙だったので、サイン入りのその紙切れがピロンと玄関に垂れ下がっているところを想像して、マオは笑いたくなった。
 仕方なく、井上さんはその紙にさらさらと書いた。 それを見て、またたく間に五人もの列が娘たちの背後に出来てしまった。

 池の傍では、次のカットの撮影が始まっていた。 逃げてきた一樹少年がシロと森住まきに助けを求めるが、シロは無視し、森住まきと子供を置き去りにして去ろうとする。 そこへ鋼材を持った男が殴りかかってきて……というシーンになるはずだった。
 林の中から駆け下りてきた悪役の男は、勢いよく銀色の鋼材をふりかぶった。 だが、たぶん張り切りすぎたのだろう、棒が手から離れ、空中に舞い上がった。
 鋼材は弧を描いて森住まきを襲った。 一瞬のことで、手をすべらせた当人だけでなく回りのスタッフ達も、とっさに何もできなかった。
 その中で、ただ一人、目も止まらぬ速さで行動に移った人間がいた。 シロだ。 彼はまるでラグビーのタックルのように森住まきに飛びついて引き倒し、覆いかぶさった。
 鋼材は、彼の背中に、突き刺さりそうな勢いで落ちてきた。
「いてっ」
 高い叫びが響いたが、それはシロではなく、すぐ横で見ていた一樹の口から思わず洩れた声だった。
 うつぶせになったまま、シロが唸った。
「代わりに言うんじゃねえよ。 バカ」
 凍りついた周囲が、その言葉で一斉に動き出した。 ミスをした悪役氏が大慌てでシロに駈けより、身を起こした彼の埃をしきりに払いながらあやまった。
「すみません! 手がすべっちゃって」
「大丈夫、だーいじょうぶ」
 シロはさっさと立ち上がり、助けた森住まきには見向きもせずに衣装係の方へ行ってしまった。
「汚れた? このままでビデオ撮り大丈夫かな」
 なんとか無事ですんでほっとしたマオの耳に、スタッフの小声が聞こえてきた。
「信じらんねえよな。 あの甲田くんが女助けるなんて」
「なぜよ。 もてるんでしょう?」
「もてるっていうか、手は早い。 が、続かない。 飽きたらすぐポイ」
「えー、女の敵!」
「だろ? だからさっきのヤラセかと思ったよ。 ドッキリか何か」
「古いよー、今どき」
「だよな。 それに、いくら甲田くんでも『聖女・森住』に手出すとは思えないしな」
 あれはヤラセじゃない。 マオには確信できた。 あの瞬間、甲田史郎は必死だった。 どこか虚ろだった瞳に、炎が宿っていた。

 やっと昔のファンから解放された井上さんと改めて手をつないで、マオは歩き出した。
 すると、横から声がかかった。
「あんまり見せつけないでくださいよ」
 シロだった。 井上さんは首を巡らせて彼を眺め、にやっと笑った。
「撮影がんばって。 それから、個人事務所で大変なら、うちに来ないか? 歓迎するよ」
 シロの表情が大きく動いた。

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