表紙

  公園にて 5


 陽気なおばさんに頼まれて、デジタルカメラの被写体になってから、ふたりは指をからませて遊園地をひとまず後にした。

 公園ではまだ撮影が続いていた。 ダークグリーンのコートを着た若い娘が、撮り終わったばかりのビデオを熱心に見ている。 その背後では、子供にシロと呼ばれていた甲田史郎が台本を片手に、監督とチェックを入れていた。
「こことここをつなげるんですね?」
「そう、ええと、この台詞は残しといて」
「この一行……はい」
 ふたりの横で子供が大あくびをした。 シロはそれを見て苦笑した。
「ほれ見ろ、はしゃぎ過ぎで本番前に疲れちまったべ」
「ぐたっとしてるぐらいでちょうどいいのよ」
 忙しげに腕まくりして歩いてきた、気の強そうな美人が声をかけた。 彼女を見て、シロは形のいい口を尖らせてぼやいた。
「やっと来たか! 勘弁してくれよ、おばさん。 このガキ、プロ根性のかけらもねえよ」
「一樹〔かずき〕の御守りご苦労さん。 さあ一樹、背筋伸ばして」
 とたんに子供はしゃんとなった。 そして不思議なほど素直に、迎えに来たグリーンのコートの娘に手を引かれて歩き出した。
 いよいよ本番らしい。 曲がりくねった小道をゆっくり歩きながら、井上さんとマオはロケ現場を見るともなく見やっていた。
 気の毒に、ドラマの季節は晩秋らしく、俳優たちはみんな厚着で、汗を拭いたりアイス○ンで顔を冷やしたりしていた。 その中でただ独り、グリーン・コートの若い女優だけは涼しげな表情で、微笑しながら一樹と話している。 憂いをふくんだ大きな瞳と、ほっそりした長い指が印象的だった。
 マオは小声で井上さんに尋ねた。
「あのきれいな人知ってる?」
「甲田くんの後ろの?」
「そう」
「あれは森住まき。 本職は歌手だよ」
 名前だけはマオも聞いたことがあった。
「『別れてすぐに』を歌った人だ」
「いい歌だよな。 自分で作詞作曲するんだそうだが」
 すごい才能だ。 マオは池の傍で談笑している少女がまぶしく思えた。
 間もなくリハーサルが終わり、カメラが回り始めた。 森住まきが歩いていると、甲田史郎が向かい側からやってきて言い合いになる。 そこへ子供が男に追われて駈けてくるというカットだった。
 一樹は思わぬ演技力を発揮した。 必死で逃げるおびえた芝居を一回でやりとげ、スタッフの拍手までもらってしまった。
「おー、やるときはやるじゃないか!」
「当然でしょ」
 彼は小生意気な口調で返し、さっさと母親のもとへ歩いて行った。 シロは首を振った。
「ガキと動物には勝てねえよな、まったく」

 ワンカット終わって一息ついたスタッフが、次々に井上さんに気付いて挨拶を送ってきた。
「おはようございます!」
「お久しぶり!」
「よっ、奥さんとデートですか」
 マオは夫の体の後ろにそっと身をひそませようとしたが、さりげなく彼に引っ張り出されてしまった。
「新婚旅行に行けないから、今のところは近場で許してもらうってことで」
「かわいくてしょうがないんでしょう。 いくつ違うんですか? 一回り?」
 髭だらけのカメラマンがからかって来た。 井上さんは、日本中の女性ファンに溜め息をつかせた笑顔を、ちらっとのぞかせた。
「そこまでは。 一応どっちも二十代」
 森住まきに背を向けていたシロの表情が、かすかに歪んだ。

表紙 目次前頁次頁
バック:AI World
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送