表紙

  公園にて 4


 それからニ人は、隣りにある遊園地に入り込んだ。 井上さんにニ時間しか余裕がないので、パスポートは買えない。 それでも小じんまりした園内は充分回れそうだったし、平日なので空いていて、のんびりした空気がただよっていた。
「これが自由業のいいところだよな。 他の連中が働いてるときに来れる」
「でも休んでるときに働くよ」
「確かにな」
 井上さんは笑って、右のゲートを指差した。
「ゴーカートだ。 乗ったことある?」
「ない」
 大規模な遊園地にマーコたちと行ったことはある。 しかし、『カレ』とニ人きりで本物のデートとして来たのは生まれて初めてだった。 この浮き立つ胸のときめきは全然違う。 世界中に井上さんを見せびらかしたい気分で、マオは握った手に力を込めた。

 井上さんは見せびらかさなくても目立っていた。 券売所の女子社員は、彼が前に立ったとたん口をあけて見とれてしまったし、ゴーカート乗り場の係員は、楽しそうなふたりを見比べて、思わず口走った。
「あれ? いいんですか手つないじゃって?」
 井上さんの顔がほころんだ。
「ご心配なく。 オレが亭主で彼女は奥さん」
「あ、そうですか……」
 あせった男の子は、とってつけたように言った。
「お似合いで」
 吹き出しそうになって、マオは井上さんの背中を押して車のほうへ急いだ。

 井上さんが大きいので、二人乗りのカートは無理で、それぞれ赤と青の車体を選び、のんびり並んで走った。
「おっせーな、これ」
「子供用だからね」
「二歳ぐらいのときに乗ってたおもちゃの車を思い出すよ」
 幸せな子供時代を送っていたらしい井上さん。 だがマオには三輪車の思い出さえなかった。 本当に自分と彼はお似合いなのだろうか。 一瞬寂しい気持ちに包まれたとき、横の車が軽くバッティングしてきた。
「顔が暗い。 さっき何かあったか?」
 井上さんは敏感だ。 マオはすぐ気を取り直してニッと微笑んだ。
「おなか空いちゃった」
「そうかー」
 ゴールに着くと、彼は身軽に車を出て、マオの肩に両手を置いた。
「公園の裏口に隠れ家的レストランがあったよ。 あそこで腹ごしらえして、また戻ってくるか」
「うん!」
「あれっ? 結城誠也じゃない?」
 甲高い声が響いて、ばたばたと足音が近づいてきた。 井上さんの最も嫌う状況だ。 マオは不安になって夫を見上げたが、彼は安心させるように微笑み返した。
 走ってきたのは、二人連れのおばさんだった。 上等な服を着て、しゃれた大きな帽子を被っていた。
「あの、あの、結城さん?」
 息を切らせながら、痩せたほうのおばさんが尋ねた。 井上さんはあっさり答えた。
「はい。 それでこっちが、僕の妻です」
 彼が誇らしげだったので、おばさんたちは毒気を抜かれ、目をパチパチさせて若い夫婦を見比べた。
 やがて、太目のおばさんがにっこりして言った。
「おめでと。 あなたたち、いい感じよ」
「ありがとう。 奥さんたちも素敵ですよ」
 マオは眼を見張った。 井上さんもずいぶん社交的になったものだと、心から驚いた。

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