表紙

  公園にて 3


「俺たち夫婦なんだから、キスしても抱きついても、何しても構わないんだ」
 公然ワイセツになりそうなことを平気で言うので、マオは困って井上さんの手首を掴み、ぐんぐん人のいないほうに引っ張っていった。
「今、なんかのロケしてるんだって。 目立つの嫌だから早く行こう」
「車はあっち」
 井上さんが池の反対側を指差した。 マオはげんなりした。
「あの辺で撮影してるんだよ。 さっき追い出された」
「え? マオを追い出したのか?」
 とたんに井上さんの目が険しくなった。 
「どいつだ、それ。 一言いってやる」
「いいって!」
 過保護もいいところだ。 マオは嬉しさ半分、当惑半分で、思わず夫の腕に抱きついてしまった。
「ね、やめよう? 久しぶりの外でのデートしゃない。 遊園地に連れてってくれるんでしょう?」
 そのとき、風を切るピシッという音がして、井上さんがズボンの膝のあたりに目をやった。
「いて」
 今度は連続して音が聞こえ、井上さんの目が前の立ち木にそそがれた。
「おいっ」
幹の横から光るものがのぞいている。 それがエアガンの銃口だということに、マオは気付いた。
 ついで子供の黒い頭がちらついた。 それで犯人がわかった。 マオは急いで井上さんの前に立ち、声を張り上げた。
「やめ! こんなことしてると、またお尻ぶたれるよ!」
 同時に、黒いシャツをひるがえして走ってくるシロ青年の姿が見えた。 子供はちらっと振り返り、一目散にマオ目がけて駈けよるなり、スカートの後ろに隠れてしまった。
 カップル+悪ガキの3メートルほど手前で、青年はぴたっと足を止めた。 そして、瞬きしながら井上さんと視線を合わせた。
「あ……おはようございます」
「ロケって、君達?」
 同じ業界だから、ふたりは顔見知りらしかった。 シロは間が悪そうに、ぼそぼそと説明した。
「はい。 サスペンスの殺人シーンなんですけど、その子役がすぐ逃げ出すんで、手やいてて」
 井上さんは面白げな顔になった。
「君が番してるの? 出演者の一人なのに?」
 いまいましそうに、シロは口を尖らせた。
「こいつ、オレの親戚の子なんですよ。 調子こいて始末悪いんです」
「君に甘えてるのか」
「そうなのか? おい!」
 マオの後ろから半分顔を覗かせて、男の子はきゃっきゃと笑った。
「バーカシロ! 怒るとサルそっくり! サール、サール!」
「てめー!」
 わっと踏み出すと長い腕で、シロは巧みに子供を捉え、横抱きにして口をふさいだ。
「すみません、ええと、仲のいいところをお邪魔して」
 さっさと遠ざかっていく青年の後ろ姿を見送りながら、なんか怒ってるようだな、とマオは不思議に思った。 シロの背中は強ばっていて、どこか寂しげだった。

 去っていく二人を同じように目で追いながら、井上さんが低く言った。
「あの子は、去年解散したバンドの元ギタリストで、今はタレントやってる甲田史郎〔こうだ しろう〕だ」
「ふうん」
 大して興味なく、マオは一応うなずいた。

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