表紙

残り雪 2

奇妙な面接


 驚いた。
 すぐには言葉が出ずに、じっと見つめ返してしまった。
 男は目をそらさず、ただ二つほどまばたきして、また言った。
「不安になってるようだけど、怪しげなことは頼みません。 そのことは、彼女が保証してくれるよ。 なあ、中里〔なかざと〕?」
 呼び捨てにされた女主人は、魅力的な笑みを浮かべて、大きくこっくりした。
「ええ、砂川〔さがわ〕さんは信用できます。 高校の同級生でよく知ってるし、立派な企業に勤めてるから、スキャンダルを起こしたら自分が一番困る立場よ」


 いったい何を言ってるんだ。
 苛立たしかった。 放っておいてくれればいいだけなのに。
 でも、座っていた間に足が腫れて、ブーツの中でパンパンになってしまった。 急いで出ていきたいが、すぐ立てるかどうかさえわからない。
 しかたなく、重い口を開いた。
「あのう、面接って……」
「ニ、三質問するだけだから」
 男が目前で言った。 そして、同意を得ずに勝手に始めた。
「道に十万円落ちてたら、どうします?」
 ほんとに何言ってるの?
 質問の意図を考えるのも面倒だった。 だから反射的に答えた。
「警察に届けます」
 そう口に出してしまってから、頬が引きつった。 警察だって? 今一番係わり合いになりたくない場所じゃないか。
 男は特に反応を示さず、次の問いに移った。
「親しい男性からいきなり抱きつかれたら、どうします?」


 瞬間、くらっとなった。
 やっぱり知ってるんだ……!
 首から下が、恐怖で凍りついた。
 同時に、頭が真っ赤に燃えさかった。 知ってるくせにこの男、猫がネズミをなぶるように……!
 目の前に平然と座っている相手を突き飛ばしても、外に出ようと思った。 だがその前に、一応答えておいた。 歯ぎしりの混じった低い声で。
「反撃します。 踏んで、蹴って、何でもして」
 すると、予想もしなかったことに、男の顔が穏やかになった。
 明らかにホッとした様子で、彼は言った。
「いい答えだ。 採用したいんですが、履歴書は?」


 なんだって?
 めちゃくちゃな一日の中でも、これはとりわけ信じられない言葉だった。
 また声をなくして男を見返していると、彼は椅子の背に軽く寄りかかり、ちょっと口を歪めた。
「ああ、冷やかしに来ただけ? それでもいいよ。 一番根性があったからね」
 あっさりそう言うと、男は横のテーブルに置いたビジネスバッグの中から紙を出し、前に置いた。
「雇用契約書。 よく読んで、この下のところにサインして」
 折り目のない、きちんとした書類に、自動的に視線が行った。 印刷された字に集中できず、内容がちらちらしてほとんど頭に入らなかったが、雇用主が砂川峰高〔さがわ みねたか〕で、基本給が四十五万円なのは読み取れた。
 四十五万?
 いったい何させる気なんだ!
 一も二もなく押し返そうとすると、男が一旦取り上げて、またテーブルに置いた。 目がキラッと面白そうに光った。
「愛人契約だと思った? いい子だが、そんなんじゃないから」
「じゃ、何なんです?」
「休みが少ない分の慰労金。 あまり、というか、ほとんど外出できないかもしれないんで」





表紙 目次 文頭 前頁 次頁

Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送