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106 襲撃


 テンプル一族は念入りに新聞社やラジオ局に根回しして、セアラが中傷記事を出そうとしても相手にしないことを申し合わせた。 その他では、デニー・テンプル氏は関与しなかったが、どうも本家のグレン氏はセアラをあらゆる宿泊施設から締め出し、店で物を買うこともできないようにしたらしかった。
  豪華な結婚式から1週間経っても何も起きなかったので、人々は胸を撫でおろした。 ちなみに、アニーとサンディの新婚夫妻は船でヨーロッパを回っていて、後1ヶ月は戻ってこないはずで、その分エリクソン病院は大御所に頼んで、シカゴから臨時に医者を回してもらっていた。
  すべてがうまくいっているように見えた。 しかし、周囲はセアラの執念深さを低く見積もっていた。 ロビンを奪った女への底知れない憎しみも。
 
 もうじきロビンの誕生日なので、ジェーンはプレゼントを買いに、久しぶりに街中のデパートに出かけた。 ロビンはこのところ、父の仕事を継ぐために連日会社へ出勤しているので、護衛役は若い運転手のジム・シェパードだった。
  ロニーは、最近『本家のお祖父さま』、つまりグレン・テンプル氏にえらく気に入られて、その日は彼の招待で遊園地に行っていた。 たぶんロニーが幼い頃のジョー、つまりグレン氏の息子でアニーの父親、によく似ていたために、かわいく思うようになったのだろう。
  その招待は不幸中の幸いだった。 少年がジェーンと一緒にいたら、彼もどんな目に遭わされたかわからない。

  事件は、ジェーンが買った品物をシェパードに渡そうとして、横に体をねじった瞬間に起きた。 黒衣を着て黒いヴェールをかけた女が、不意に柱の陰から走り出てくると、ジェーンの背中にナイフを突き立てた。
  最初に気付いて悲鳴を上げたのは、箱を包んでいた女店員だった。 黒衣の女はナイフを抜き、もう一刺ししようとしてシェパードに取り押さえられた。
  フロアは騒然となり、泣き出す女性客も見られた。 シェパードがヴェールをはがすと、追い出されたときよりずっと老けた、骸骨のようなセアラの顔がむき出しになった。 その骸骨がいきなり唾を吐きかけてきたので、シェパードは顔をそむけ、思わず平手で殴った。 セアラは枯れ木のように床に倒れた。

  ジェーンが病院に運ばれたという知らせを受けて、ロビンは重役室から飛び出し、無我夢中で救急病院に直行した。
  ジェーンは緊急手術中だった。 犯人が走ってきて当たったので、凶器は相当深く体内に入って、肺を貫通し、心臓近くに達しているということだった。
  それを聞いたとたん、ロビンの脚から力が抜け落ちた。 彼は廊下に崩れ、ベンチに肘をついて、固く握り合わせた両手に額を押しあてた。
  「神様、お願いです。 妻として、母として、ジェーンは絶対に必要な人間なんです。 この世に残してやってください。 ロニーと僕から取り上げないでください……」


 手術はぎりぎりで成功したが、危篤状態は変わらなかった。 意識のない妻の枕もとを、ロビンはどうしても離れようとせず、3日目にとうとう強制的に連れ出された。
  テンプル氏も沈痛な面持ちで毎日見舞いに訪れ、低い声で状況を尋ねてから、額の皺を深くして戻っていった。 ロニーは母に会いたくてだだをこねるし、テンプル家は一挙に真っ暗な雰囲気になった。
  犯人のセアラは、警察の取り調べに完全黙秘で、一言もしゃべらないそうだった。 復讐の完成、つまりジェーンの死を待っているのではないかと、署長はテンプル氏にだけそっと語った。
 
 5日が過ぎ去った。 ジェーンの容態は変わらず、今度はロビンが倒れるのではないかと、病院関係者を心配させていた。
  待合室で頭をかかえ、無言で座っているロビンの元に、ひとりの看護助手が手紙を持ってきた。 興味なさそうにちらっと眺めたロビンは、差出人の名前を見て、いくらか注意を引きつけられた。
  そこには、『マイケル・ステュワートの父』と書いてあった。
  マイケル・ステュワート? それはロビンの芸名と同じ名前だった。 ゆっくりと封を切って、ロビンは数枚の便箋を引き出した。
  最初はなかなか集中できなくて、字の内容が頭に入ってこなかった。 だが、2度、3度と読み返しているうちに、次第に文が形を取ってきた。
『……そういうわけで、うちの息子は幸せに死にました。 すべてジェーンさんのおかげです。
  その息子が、昨夜夢枕に立ちました。 そしてわたしに言ったのです。 ジェーンさんは今日の夕方に意識を取り戻すだろうと。 不思議なほどはっきりした夢でした。 夜中に目がさめて起き上がったとき、まだ前にいるような気がしたほどでした。
  幻だとおっしゃるかもしれません。 でもわたしは神のお告げだと信じます。 信じる心は強いものです。 ご家族は疲れて気を落としていらっしゃるでしょう。 でももう一度、力を振り絞って信じてください。 そのエネルギーで、ジェーンさんを地上に引きとめてください』
  ロビンは手紙を握りしめ、ゆっくり立ち上がった。 そして、廊下に誰もいないのを確かめてから、そっとジェーンの病室にすべりこんだ。

  付き添いのラーセン夫人が驚いて顔を上げた。
「まあ、テンプルさん、ここには……」
「お願いだ。 1時間ここにいさせてくれ。 太陽が沈むまで、後1時間」
  赤い光が長く差し込む窓辺に目をやってから、ラーセン夫人は小さくうなずいた。


 
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