表紙へ
page 81

104 謎の一端


 書斎に入ってまずテンプル氏がやったのは、壁の書庫から一冊の分厚いアルバムを取り出すことだった。
  がっしりしたデスクに載せてページを繰ると、間もなくセーラー服を着たかわいい少年たちの写真が現れた。 右の少し背の高い男の子を指差して、テンプル氏は静かに言った。
「これがホールシーが12才のとき」
  始め軽い気持ちで覗きこんだアレックスの表情が、がらりと変わった。 真剣な、食い入るような眼差しがテンプル氏に向けられた。
「これは……」
「君の子供時代に似ているだろう? だからステラは、どちらか一人しか育ててはいけないと言われたとき、君を選んだんだ」

  アレックスは密やかに息をついていた。 視点が空中に浮いている。 何も見ていないのは明らかだった。
  彼は無言で考え込んだ。 ルイーズも黙っていた。 その頭の中では様々な印象の切れ端が接ぎ合わさって、次第に1つの絵が出来つつあった。
  やがてテンプル氏は苦しげに話を続けた。
「ステラは知ってのとおりライアン家の出身で、ホールシーとわたしにはいとこに当たる。 3人は幼なじみだった。 ステラはニューヨークのパーティー会場で、エール大学の学生になったホールシーと再会して愛し合うようになったが、彼女には叔父の決めた婚約者がいた。
  だからスイスへ駆け落ちしたんだ。 しかしホールシーはボートの事故で死に、ステラは迎えに来た婚約者に連れ戻された。 本当に事故だったかどうか…… もう今となっては確かめようがない。
  3ヵ月後に双子が生まれた。 夫のデレクは一人しか育てさせないと言った。 だからわたしがニューヨークへ行って、もう一人の赤ん坊を引き取り、急いでティルと結婚して2人の子供ということにしたんだ」
  アレックスの手から、束ねて持っていた手袋が落ちた。 ゆっくり上げた顔は、亡霊のように血の気がなくなっていた。
「じゃ、ロビンは……」
  テンプル氏はぎこちなくうなずいた。
「君の兄弟だ」
  アレックスの首が、左右にふらふらと揺れた。
「双子なんて……。 ロビンとダンのほうがよっぽど似てるのに」
「二卵性双生児なんだよ。 本来は別に生まれるはずなのが、たまたま同時期に重なっただけなんだ」
  息をついで、テンプル氏は言葉に力を込めた。
「だから小さいときからロビンに言い聞かせたんだ。 アレックスとは仲よくするように、友達として大切にしなさいと」
「クラレンスを護衛につけていたのは、あなただったんですね?」
  ルイーズがそっと尋ねた。 テンプル氏は彼女を振り返り、疲れたやさしい表情で微笑んだ。
「そうです。 うちに来たロビンはのびのびと幸せに育ったが、本家に残ったアレックスは、母親が亡くなったとたんに危険な目に遭うようになった。 ホールシーの形見としてステラがあんなに大切にしていたアレックスを、あの男の毒牙にかけるわけにはいかなかったんです」
  もしかしたらステラもデレク・オーウェルに殺されたのかもしれない――誰も口には出さなかったが、同じことを考えていた。
「わたしは何度もうちへ引き取りたいとデレク・オーウェルに申し出たが、断られた。 だからせめて夏の間は君をここによこしてロビンと遊ばせるよう約束させた。 いつもショーンが見張りでくっついてくるのには閉口したが、断ると君も来させないというのでね」
  話を聞いているうちに、アレックスの表情が次第にやわらぎ、淡い輝きを増してきた。 それを見て、ルイーズは泣きたいほどうれしかった。 アレックスは、愛されていたのだ。 母親に、そして実の父親にも、その弟にも。
  気がつくと、アレックスがテンプル氏に歩み寄り、握手を求めていた。
「ありがとうございます、おじさん。 おじさんがいなかったら、僕はとっくに……」
  話の途中で、テンプル氏はアレックスを引き寄せ、固く抱きしめた。


表紙 目次前頁 次頁
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送