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103 テンプル氏の秘密


「お疲れのところすみませんが、広間に飾ってあるすてきな風景画、あの絵についてご存じですか?」
「ええ、本家が気に入ってスペインから持ってきたものでね。 たしかエル・グレコの絵ですよ」
  話しながらうまくテンプル氏を町長から引き離したルイーズは、広間近くの植え込みまで来て、不意に居住まいを正した。
  真剣な眼差しでテンプル氏を見上げて、ルイーズは単刀直入に尋ねた。
「伺いたいことがあります。 アレックスは、本当にデレク・オーウェルさんの子供ですか?」
  テンプル氏の喉が動いた。 驚きのかすかな印だった。 表情は冷静さを保っていたが、彼が動揺していることは、ルイーズにはっきりと伝わってきた。
「ルイーズさん……」
「私は彼の妻です。 実の父に狙われていたなんて、一生アレックスに思わせたくないんです」
「ちょっと待ってください」
「ある人がさっき、ホールシーという人にアレックスがそっくりだと驚いていました」
  テンプル氏は口を閉じた。 石のような表情になったので、ルイーズは少し怖気づいた。
  1分は沈黙が続いただろうか。 ようやく話し出したとき、テンプル氏の声は苦悩に濁っていた。
「ホールシーはわたしの兄です。 ここでは人が多くて話せない。 どこかで……」
  その目に、近づいてくるアレックスの姿が映った。 ほっとしたように、テンプル氏は帽子の縁に手をかけて別れの挨拶をして、ルイーズから遠ざかろうとした。
  だがルイーズは必死で彼を行かせまいとした。 2人にだけ聞こえる声で、彼女はささやいた。
「彼はその人の子供なんですね?」
  テンプル氏は唇を噛んだ。 そして、想像もしなかったことを口にした。
「彼だけじゃないんだ。 だから簡単に言えないんですよ」

  そばに来たアレックスは、緊張し切った空気に驚いて、二人を交互に見た。
「デニーおじさん、ルイーズ、どうしたんです? ひどく真剣な顔しちゃって」
  ちらりと広い庭園に視線を走らせると、テンプル氏は決意を固めた。
「大御所の書斎を借りよう。 あそこなら使用人が入ってくることもないから」
「はい」
  いそいそとついていこうとするルイーズを、アレックスは引きとめようとした。
「なんだい。 どうしたの?」
「あなたも来て」
「え?」
「お願い、来て」
「いいけど、なぜ!」
  説明より前に、アレックスはルイーズに引っ張られるようにして、母屋に吸い込まれていった。


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