ホールシー?
アレックスは、わりと珍しいその名前を、身近で聞いた覚えがなかった。 それでわずかに微笑して首を横に振った。
「いえ、僕はニューヨークのオーウェルという者です」
オーウェル、とつぶやいて、その紳士は眉を寄せた。 何かを思い出そうとしているらしい。 やがてその顔が、緊張の色を増していった。
そわそわしながら、紳士は尋ねた。
「あの、テンプル氏をご存じかな? 大御所ではなく、デニーのほうなんだが」
ロビンの父の名前が出てきたので、アレックスは驚いた。
「ええ、知ってますが」
「ここに来ていたでしょうか」
「さっき会いました。 でももう家に引き上げたかもしれません」
紳士は、きちんとかぶっていたシルクハットを取り、パチンと音を立てて畳んだ。
「こういう格好はどうも窮屈でいかん…… おっと、言い忘れていました。 わたしはアイダン・リードという者で、医者をしています。 シカゴ大学でホールシーの親友でね」
「僕はアレックス・オーウェルです。 ところでホールシーとは?」
「そうか、あなたはお若いから彼を知らないんですね。 ホールシーはデニーの兄さんですよ」
少し驚いて、アレックスは記憶をたどった。 デニーおじさんはこれまで、兄弟がいたとは一言も言っていないのだ。 だからロビンと同じく一人っ子だとばかり思っていた。
アレックスを無遠慮なほど見つめながら、リード氏はつぶやいた。
「さっき横顔を見たとき、ホールシーが生き返ってきたのかと思いました。 だからつい話しかけてしまって。 正面から見てもよく似ていますよ」
アレックスはうなずいただけだったが、横にいたルイーズの表情が微妙に揺れ動いた。
すっかり機嫌を直して、化粧直しをしに行った妻を待つ間、ロニーを肩車して歩いていたロビンは、タキシードの裾を軽く引っ張られて振り向いた。
「やあ、ルイーズ!」
とたんに顔がほころんだ。
「君と話したかったんだ。 でもアレックスが番犬みたいに張り付いていて、僕がそばを通るたびににらんでさ」
ルイーズはぎこちなく微笑を返すと、小声でささやいた。
「お父様、まだこの会場にいらっしゃる?」
ロニーを下ろして辺りを見回したロビンは、すぐにうなずいた。
「あの背の高い、ほら、今グラスを置いた、あれが父」
「ありがとう」
すばやくルイーズが歩み去ろうとしたので、ロビンはがっかりした。
「あれ、行っちゃうの?」
「後でゆっくり話しましょうね。 このお屋敷に泊めていただくから、また会えるわ」
優しい声は、そう言っている間もぐんぐん遠ざかっていった。
町長の自慢話に付き合わされてあくびを噛みころしていたデニス・テンプル氏は、紺色のタフタの生地で上手に体型を隠した、うっとりするような美人に話しかけられて、思わず笑顔になった。
「はじめまして。 ルイーズ・オーウェルといいます。 アレックスの妻です」
「おお、これは」
アレックスが幼なじみの女優と結婚したという話は、ロビンから聞いていた。 テンプル氏は真顔になって、やさしく挨拶した。
「あなたがアレックスを幸せにしてくれた人ですね。 わたしからもお礼を言います」
「まあ……」
ルイーズはぱっと顔を赤らめた。
「ありがとうございます。 でもどちらかと言うと、私が彼に幸せをもらったほうで……」
「仲のいいことだ」
うらやましそうな口調だった。 穏やかで理知的なテンプル氏の顔を見ているうちに、ルイーズは決心した。 遠まわしではなく、はっきりと訊いてみよう。 ホールシー・テンプルとアレックスが、なぜ似ているのかを。
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