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101 祭りの後で


 ロビンは乾いた声で続けた。
「僕は君にどうしても訊けなかった。 訊いたらとたんに君がその男のところへ飛んで行ってしまいそうな気がして」
「行かないわ!」
  ジェーンは思わず大声で叫んでしまった。
「彼は私にとって、物語のヒーローみたいなものだったの。 ロビン・フッドとか、トム・ソーヤーみたいな。 私を助けただけで見向きもしなかったから、よけい憧れたのかもしれない。 見返りを求めない男性なんて、それまで会ったことがなかったから。
  でも考えてみたら、何も求めないから好きだったんだと気がついたわ。 普通の男性になったら夢が壊れたでしょう。 そこがあなたとの、一番大きい違いだったの」
  ロビンはしばらくテーブルの一点を見つめて考えていた。 次第にその表情は和らぎ、明るくなっていった。
  やがて彼は、妻に微笑を向けて、ぎこちなく言った。
「君が彼のところへ戻ったと思いこんだ。 だからもう取り戻す望みがないと思って志願したんだ。 自分が情けないよ。 ちゃんと君に訊けばよかった」
  ジェーンの口がこらえ切れずに痙攣した。
「私が悪いの。 アニーさんに言われたとおり、全てをあなたに話すべきだったのに、嫌われるのが怖くて逃げてばかりいたから……」
  二人の手が、テーブルの上で重なった。


  やがて新郎新婦が旅行服に着替えて出てくると、パーティーは最高潮に達した。 人々は長い列を作って並び、間を通る二人に口々に祝福の言葉をかけ、拍手歓声で送った。
  手を振り返したり握手したりして何度も停まりながら、どうにか新婚夫婦は表の馬車までたどり着いた。 馬車には嫌になるほど空き缶が結びつけられ、『結婚したて』の札がわざと斜めに貼り付けられて、大変にぎやかだった。
「じゃあね、行ってくるわね!」
「うんと楽しんできてね」
「でも絶対予定を延ばさないでよ。 2人がいないと困るんだから」
  これはエリクソン病院の名物ナース長フォザキルの声だった。 アニーが満面の笑顔を振り撒き、投げキスまでしている傍らで、サンディは遠慮がちに微笑み、愛妻が身を乗り出しすぎて馬車から落ちないように押さえていた。
  その様子を観察していたグレンが呟いた。
「名コンビだ」
 

  2人を乗せた馬車が道の彼方に去ると、会場はにわかに祭りの後の寂しさに包まれた。 人々はグレンに挨拶してばらばらと屋敷を後にし始めた。 半時間もすると、残っているのは後片付けをする使用人たちと、明日まで泊まる客だけになった。
  ルイーズは、アレックスに支えられながら椅子から立ち上がり、少し心残りな様子で言った。
「アニーさんとじかに話せなかったわ」
「テンプルのジイさんのとりこになってたからな」
  アレックスは笑った。
「昔から食えないおやじで、人のいいロビンをさんざん振り回してたよ」
「ミッキーは本当にいい人。 奥さんもやさしそうね」
  先ほど三階で起きた騒ぎを知らないルイーズは、無邪気に感想を述べた。 アレックスはちょっと微笑して、あらぬ方角に眼をやった。 そして思った。 ジェーンと知り合いだったことは、話さないでおこうと。
「それにしても、お婿さんはびっくりするほどミッキーに似てたわね」
「顔だけはね。 性格は全然ちがう。 アニーは、実はロビンを振ってサンディに走ったんだ」
「嘘でしょう?」
「まあ、ちょっと大げさだったが、半分は本当。 テンプルのジイさんは初め、アニーとロビンを婚約させてたんだ」
「へえ」
  これはルイーズには初耳の事実だった。

 夫妻が居間に向かって歩き出したとき、すれ違った中年男性が、はっとした表情でアレックスを見つめ、話しかけてきた。
「失礼ですが」
「はい」
  アレックスが足を止めると、その上品な男性は、早口で尋ねた。
「もしかして、ホールシーの息子さんか何かですか?」


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