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99 式の直前


 凍りついた空気がたちこめた。 だが、思いがけないことに、サンディがその空気を一言で割りほぐした。
「かわいいロニーの前ですよ、ロビンさん」
  はっと我に返って、ロビンは息子の頭をなでた。 いつもの彼らしくなく、神経質そうに細かく手が動いている。 動揺した様子を見て、アレックスが静かに言った。
「俺が悪いんだ。 隠すようなことは何もないのに、余計な波風を立てたくなくて、ジャンヌに目くばせしてしまった」
「ジャンヌ?」
「そう。 南部のフランス系なんで、そう呼んでいた。 夜道で男にからまれてるところを馬車に乗せたんだよ。 ルイーズと引き離されていたときで、俺はズタボロ状態。 アルコール漬けだったから、そっちの方はまったくだめだった」
  ジェーンは赤くなって下を向いた。
「……だから見向きもしてくれなかったのね」
「したくても無理」
  アレックスはクックッと笑い出した。
「でも心配したんだよ。 お世話になりましたって手紙一本で出ていっちゃったから」
「私にも自尊心があるわ。 子供みたいに面倒みてもらってるだけじゃ、心苦しくて」
「彼を好きだった?」
  不意にロビンが、小声で尋ねた。 ジェーンはまず夫を見つめ、それからアレックスに眼をやった。
「憧れてはいたわ。 尊敬もしてた。 でも、あなたに会ってわかったの。 あれは恋じゃなかったって」
  徐々に、ロビンの額から雲が晴れた。

  下からボーイが二段飛ばしで広い階段を駆け上がってきた。 そしてロビンとサンディを見て、一瞬迷った後、両方に代わる代わる呼びかけた。
「お急ぎください。 間もなく式が始まります」
「そうだ!」
  情けない声をあげて、サンディが転がるように階段を駆け下りていった。
 

「私は女王さまじゃない」
  初めて見せられた長い長いトレーンを見て、アニーがまず言ったのはこの一言だった。
「8人の天使に扮した子供たちが持つことになってる」
「まるで国葬になる人の棺にかぶせる国旗みたいね」
「こら、縁起の悪いことを言うんじゃない!」
  眼を怒らせて、グレン氏がたしなめた。
「予行演習もしないで、途中で子供の誰かが引っかかったらどうするの?」
  グレン氏はにんまりと笑った。
「実は練習させてある。 見事に歩くぞ」
「あああ」
「溜め息はやめろ」
「私が足を引っ掛けそうだから」
「それもやめるんだ。わざと転んだりしたら、あの図体のでかい婿と一緒に放り出すからな」
「どうぞ。 2人で楽しく新婚旅行に行くわ」
「まてよ。 おまえよりあっちの方が転びそうだ。 あんなに不器用で、よく医者がつとまるな」
「サンディは器用よ。 木工細工なんか天才! 彼はね、あがり症なの」
「指輪をなくしたりしないように、よく言いきかせなければ。 リングベアラーは誰だ?」
「ジョーイよ。 彼は大丈夫。 すごく気がきくの」
  ジイ様は咳払いした。 なんだかひどく嬉しそうだった。
「楽しい式になりそうだな。 え?」


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