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95 決断


 好きな人をあきらめるなと励ましたとき、ダンがふっと言った言葉を、アレックスは忘れられない。 寂しさを残したままの顔で、ダンはゆっくりと声を出した。
「近づきすぎると火傷をする恋って、あるんですね」

  あれから10年は経つ。 彼はどうなったのだろう。 アレックスが思わず溜め息をつくと、ルイーズも同じことをした。
  2人は顔を見合わせた。
「なんで君まで?」
「ああ…… 私はとうとうあなたと一緒になれたし、ミッキーもジェーンさんを見つけたでしょう? それなのに、みんなのために駆け回って誰にでも親切だったっていうアニーさんが、もしかすると政略結婚なのかなあと思って」
「ロビンの話じゃ、とてもそんなことをするタイプじゃなかったよ。 裸馬に乗るとか、せまってきた男をパンチ一発で倒したなんてのを聞いた」
  ルイーズはくすくす笑い出した。
「想像できるわ。 ほんとに元気な人だから」
  銀色の字が文字通り輝いている招待状を眺めて、アレックスはそっと提案した。
「俺だけ出席しようか。 汽車の長旅は君には大変だ」
「いいえ」
  ルイーズはきっぱりと言った。
「体調がいいから大丈夫。 寝台車でのんびり行くわ。 あまり大事にしすぎても運動不足で難産になるというしね。
  この機会にみんなに会ってみたいの。 ミッキー、ジェーン、もちろんアニーとそのお婿さんにも」
「そうだね」
  アレックスは内心ほっとしながら答えた。 2日以上ルイーズと離れるのは、今でも不安で心細くなるのだった。



96 小さくて大きな悩み


「うう、頭が破裂しそう」
  ぶつぶつ言いながら、アニーはエリクソン病院の廊下を足音高く歩いていた。 これまでずっとアニー・デュヴァルで通してきたから、なかなか先生方や友達のナースたちに招待状を渡せない。 本当の苗字を知ったら、みんな驚くだけでなく、いくらか他人行儀になってしまうだろう。 権力者の家系というのは、孤独なものなのだ。
「いっそ駆け落ちしたいなあ」
  長く続く天井を見上げて、アニーは嘆息した。 どさくさ紛れに秘密結婚してしまったロビンがうらやましかった。
「何よ、あいつ。 僕は女の子に興味持ったことがないんだ、なんて言ってたくせに、ジェーンには首までつかって……じゃないな、何て言うんだっけ……そうそう、首ったけで」
  当時の流行語を使ってぶつぶつ言いつつ、アニーは勢いよく角を曲がった。 そして見事に衝突してしまった。
「おっと」
  軽々と受け止めてくれたのは、運のいいことにサンディだった。 たちまちアニーは彼を捕まえ、裏庭に抜け出した。
「ねえ、先輩の先生たちには、あなたから招待状渡して」
  サンディはぎょっとなった。
「そんな自慢そうなこと!」
「いいじゃない。 胸張って渡してよ。 この私を振りとばして金持ち娘と玉の輿か、と誤解されてもいいから」
「アニー!」
「いやなんだって! テンプル一族だとばれるのは! せめて式の日までそっとしておきたいの」
  困りきって、サンディはもじもじした。
「でも僕だって、テンプルの婿だと言われるのはできるだけ遅いほうが……」
  アニーは目をつぶった。
「仕方がない。 ジイ様の秘書のタイラーさんに頼もう。 また恩に着せられるのわかってるけど」


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